1996年 2月29日

【1996年は名曲の宝庫】この世界にはまだ THE YELLOW MONKEY「JAM」が必要なのだ!

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THE YELLOW MONKEYのシングル「JAM / Tactics」発売日
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【1996年は名曲の宝庫】第2回目の更新です。この連載では今から遡ること30年前、1996年にリリースされた楽曲にスポットライトを当て、現在の音楽シーンにおいてもリアルに響く理由を掘り下げ、2026年にどう届くのかを検証しています。今回取り上げるのは、来年でデビュー35周年をむかえるTHE YELLOW MONKEYの大名曲「JAM」です!

THE YELLOW MONKEYのブレイクを決定的なものにした「JAM」


THE YELLOW MONKEYは1992年5月にシングル「Romantist Taste」でメジャーデビュー。煌びやかな衣装にメイクを施して歌う、グラムロックをルーツに持つ彼ら。デビュー後は、ダークでアンダーグラウンドな独自の世界観と迫力のあるステージングで順調にライブの動員数を増やしていった。しかし、なかなかCDセールスには結びつかず……。

そこで、チャートに入るようなポップな路線で1995年1月にリリースされたシングルが「Love Communication」だった。その狙いは見事に的中し、同曲はスマッシュヒットを記録。その後リリースされた5枚目のアルバム『FOUR SEASONS』はめでたくオリコンチャート1位を獲得。

そんな彼らが、翌1996年2月にリリースした通算9枚目のシングルが「JAM」である。この曲は、THE YELLOW MONKEYのブレイクを決定的なものにした、彼らにとっても大切な位置づけにある曲といっていい。ボーカルの吉井和哉はライブのMCでもよくこの曲を “THE YELLOW MONKEYという王国があったとしたら、その国の国歌として聴いてほしい” と語るほどだ。



ときにシニカルで、しかし根底には愛情溢れる吉井の人間性が表れたリリック


ここで1996年を振り返ってみると、前年に阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件などが起こった翌年ということもあり、日本の中には暗い影も潜んでいた。そんな時代のムードと呼応するかのように、吉井は自分が抱える不条理や世の中への不満を「JAM」という壮大なロッカバラードへと昇華させたのだ。

 外国に飛行機が墜ちました
 ニュースキャスターは嬉しそうに
「乗客に日本人はいませんでした」
「いませんでした」
「いませんでした」
 僕は何を思えばいいんだろう
 僕は何て言えばいいんだろう

この楽曲のハイライトとも言えるリリックだ。このフレーズは一度聴いたら頭から離れないほど大きなインパクトをリスナーに与えた。ニュースを観て同じ気持ちになったことのあるリスナーも少なくはないだろう。さらに吉井のリリックのすごい点は続く一節にある。

 こんな夜は
 逢いたくて 逢いたくて 逢いたくて
 君に逢いたくて 君に逢いたくて
 また明日を待ってる

吉井は自らの娘のことを想ってリリックを書いたという。生きるということは、世の不条理に嘆き悲しむことではなく、大切な人を想って、明るい明日に向って進んで行くことだ……。そんなことを私はこの楽曲から教えられた。

一度聴いたら頭から離れない、ときにシニカルで、しかし根底には愛情溢れる吉井の人間性が表れたリリック。そして胸の奥が締め付けられるような吉井のボーカルは日本中の国民の心を揺さぶり、結果として60万枚を超えるヒットを記録した。

2026年の世界情勢や日本の政局をみても、この曲の歌詞にあるような「♪この世界に真っ赤なジャムを塗って食べようとする奴」は山ほどいる。だからこそリリースから30年という月日が経っていても、この楽曲は未だにリアリティーを持って響き続けている。まだまだこの日本には、いや世界にはTHE YELLOW MONKEYの歌う「JAM」が必要なのだ。
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2026.05.14
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カタリベ
1992年生まれ
阿部佑哉
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