2023年 10月25日

松田聖子の秋冬曲がレコードで発売!松本隆と大滝詠一が手がけた「風立ちぬ」に注目!

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松田聖子のベストアルバム「Bible -milky blue-」発売日
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ベストアルバム「Bible」シリーズ最新作が2枚組アナログでリリース


今から3年半程遡った2020年の4月、松田聖子デビュー40周年スペシャル企画により『Bible-blooming pink-』がリリースされた。『Bible』とは、ソニーミュージック時代の人気曲から選出したベストアルバムの総称だ。このアルバムは、『Bible』シリーズ初の完全生産限定のアナログ盤である。厳選された20曲からなる2枚組レコードに多くのファンは歓喜したことだろう。

そして今回、同シリーズ最新作になる『Bible-milky blue-』が満を持してリリースされた。前回同様、最新のカッティング技術とデジタルリマスタリング音源による2枚組アナログ盤である。もちろん完全生産限定だ。こちらは季節に合わせ、クリスマスソングを含めた秋〜冬の19曲が選ばれている。

前回発売された『Bible-blooming pink-』のディスクカラーはオリジナルピンクだったが、今回の 『Bible-milky blue-』は、新たに調合したオリジナルライトブルー(マットカラー)である。どちらも聖子のイメージにぴったりなパステルカラーであり、並べてみれば納得の可愛らしさだ。





ちなみに基本的なジャケットデザインはどちらも同じで色違いなのだが、今回の写真は少し顎を引いた思わせぶりな表情が採用されている。およそ 310mm × 310mm のキャンバスに映る聖子を飾りたいと思うのは、きっと僕だけでないはず… そう、“飾りたい” が、昨今のアナログ盤人気を牽引する理由のひとつである。

レコードの持つ魅力とは、マニアの嗜好に応えるポテンシャルの高さ


ここでちょっと触れておくが、洋楽・邦楽を含め、ここ数年アナログ盤が注目を集めているのは、ただ懐かしさに駆られている昭和世代ではなく、むしろ実体のないサブスクリプションに慣れた若者たちのほうである。

ある時、ふと手に取ったレコードから知った物の質感と趣(おもむき)は、未知の価値観であり新発見だったはず… 決してレトロ感というエモさに惹かれただけではない。レコードが持つ温かい音質もさることながら、アート作品として美しく仕上げられたジャケット、読み応えのあるライナーノーツ、魅力的な写真で構成されたブックレットなど、音楽に付随した多様な嗜好に応えるポテンシャルの高さに気づいてしまったのだ。当然SNSで発信したくなる。ブームとは、いつの時代も若者が生み出すものなのだ。



閑話休題。今回リリースされた『Bible-milky blue-』の収録曲で注目すべきは「風立ちぬ」である。なぜなら、大瀧詠一が遊び心でエディットしてデュエットソングとして誕生させた未発表音源の「風立ちぬ」が収録されているからだ。

―― と言うことで、今回は「風立ちぬ」について語らせてもらおう。

「風立ちぬ」原作小説にある誤訳? を、松本隆はどう読み解いたのか?


デビュー2年目の松田聖子に対し、独自のアーティスト性を見出そうとする狙いから、CBS・ソニーのプロデューサー若松宗雄は、自身の大好きな小説を題材に新曲を企画した。「風立ちぬ」である。これには、すっかり定着してしまった聖子の ”ぶりっ子” というイメージを脱却させる目論みもあった。

若松から「一過性のアイドルではなく、長くみなさんに愛してもらえるようなシンガーにしてください」と伝えられた松本隆。「白いパラソル」から本格的に作詞を担当した松本は、文学性のギアを一段上げて「風立ちぬ」を書き上げた。現状のアイドルからひとつ抜きん出るための試練…聖子はその真っ只中にいた――



まず歌詞を考察する。小節『風立ちぬ』から、松本隆は何をイメージして書いたのか…

 Le vent se lève, il faut tenter de vivre

これは、小説冒頭を飾るフランス人作家ポール・ヴァレリーの詩である。堀辰雄は、この詩を引いたあと、「風立ちぬ、いざ生きめやも」と物語の主人公に呟かせた。原詩を和訳したであろうこの一節は、誰もが感じる美しい響きから印象深い句だと認められている。

ただ、この「風立ちぬ、いざ生きめやも」が「誤訳ではないか?」というのが世間一般の見解だ。

簡単に説明すると、原詩には、風を受けて「生きていこうとする決意」の強さがあり、堀が和訳した「~めやも」という古文表現には、原詩とは真逆の「生きていくことへの迷い」が感じられるからだ。

 帰りたい 帰れない
 あなたの胸に

この誤訳説に対し、松本はこう感じとった…堀は、誤りと知っていながら物語をより深く表現するために敢えて記したのだと。松本は、新たな解釈としてこの一節を心の機微と捉え、「♪帰りたい 帰れない」という歌詞で揺らぐ彼女の胸中を引きだしたのだ。相思相愛でありながら別れなくてはならない枷(カセ)を、このフレーズ一発で見事に表現している。

松本隆の書いた悲しみに暮れる「風立ちぬ」は、大瀧詠一によって生きる希望の曲に変わった


 風立ちぬ 今は秋
 今日から私は 心の旅人

心の旅人とは、「もう会えないけれど、あなたの心の中にいさせて…」という彼女の願いである。「♪すみれ、ひまわり、フリージア」とは、花に喩えて楽しかった出来事を胸の内で思い起こしている様子。つまり、過去のことだから春と夏という過ぎ去った季節の草花が歌詞に選ばれたのだ。

そして風のインク… つまり形のない透明なインクでしたためた手紙とは、「会いたいけれど会うことはできない」という行き場のない彼女の心情である。この場面、「突然あなたの前から消えてしまった私を許して…」という、別れを自らが選んだ心とは裏腹の苦しさに涙ぐみ、そよ風が吹き抜ける高原のテラスで静かに佇んでいる姿が思い浮かぶ。

 涙顔 見せたくなくて
 すみれ・ひまわり・フリージア
 高原の テラスで手紙わった
 風のインクで したためています
 SAYONARA SAYONARA SAYONARA

歌詞全文を読めば、実に切ない言葉の数々が散りばめられていることに気づくだろう。

「♪帰りたい 帰れない」からの「♪忘れたい 忘れない」という韻を踏んだ歌詞によって、彼女の揺れる気持ちが聴く者の心を捉えて離さない。そしてSAYONARA。なんて悲しく苦しい物語なのだろう…。ところが大瀧詠一は、この歌詞に対して実にゴージャスなメロディを提案した。大瀧マジックだ。このナイアガラサウンドによって、傷心に暮れているはずの彼女が、何処か前向きな気持ちを抱き始めたように思えてくるから不思議である。

大瀧詠一の指導か? 天賦の才能か? 松田聖子はこの曲でアーティスト魂を開花させた


大瀧詠一は「風立ちぬ」を作曲するにあたり、

「松本君には話してないかも知れないけれど… 詩を見なかったんです。タイトルが書いてある表面の1枚目だけをじっと見て曲を作ったんです」

―― とラジオで語っていた。メロディ完成後に歌詞を見たらあら大変(笑)。言葉数が多くてビックリしたという話だ。

「タイトルだけで曲を作るって、一般的にやりますよ…」

―― と説明していたが、いやはや何とも天才らしいエピソードである。



もうひとつ。大瀧は曲を提供する際デモテープを作らないという。これも天才ゆえの気ままさだろうか。それは「風立ちぬ」に関しても同様で、大瀧が自らピアノを弾き聖子にメロディを覚えさせ、歌わせながら曲作りを詰めていったという。ただ、その時ごとに閃く大瀧は、ちょいちょいメロディを変えてしまうのだそう。スケジュールに追われ、喉を痛めて思うように発声できない聖子はそのスタジオでのことを「あーせっかく覚えたのにー!」と、苦々しく語っていた… 若気の至りだったと。

それでも、大瀧の楽曲に対するアツい思いに呼応する聖子は、回を重ねるごとに表現力を増していった。「風立ちぬ」を改めて聴くと、デビュー当時に比べてハイトーンとビブラートの使い方が絶妙になっている。さらに声の押し引きによる抑揚が「裸足の季節」を歌っていたころとは段違いに上手い。そう、何処までも伸びてゆく声は爽快だったけれど、どこか一辺倒だったのだ。

ここで耳を澄ませて「風立ちぬ」をさらに聴きこんでほしい。「♪帰りたい 帰れない」の最後の音が、甘さを伴うクォータートーンになっていることに気づいただろうか? そう、音程が届いていないのだ。実はこれ、聖子は敢えてそう歌っている。堀辰雄の意思を継いで松本隆が表現した迷いの一節を、聖子自身がこう表現しようと大瀧にぶつけたのだ。結果レコーディングで大瀧自身がOKを出したということは、その表現力に感服したからであろう。「歌えました!」と笑顔で録音スタジオのブースから出てきた聖子の姿が印象的だったと、大瀧は後に回顧している。

未来に繋がってゆく松田聖子の歌声


アイドルという殻を自分の力で破り捨て、アーティストの片鱗をみせ始めた松田聖子。少しだけハスキーになってしまった声を、好きになり始めたのもこの頃だろう。「夏の扉」で「♪髪を切った私に〜」と歌いつつも “聖子ちゃんカット” を維持し続けていた聖子は、「風立ちぬ」がヒットしたその年の暮れ、独断で髪を切る決心をした。吹っ切れたのだ。

「赤いスイートピー」のリリースは翌年の1月。喉の痛みを乗り越え、自分の強みへと変えたキャンディボイスを引っ提げ、ショートカットで世間を驚かせる聖子のステージはもう目の前まで迫っていた。

そして、そのステージが確実に未来へ繋がっていることを、僕らは知っている。

引用・参考文献
<ウェブサイト>
・新アララギ「短歌雑記帳 / 歌言葉考言抄」
・雷鳥社マガジン「週末文章スクール」
・マガジンハウス「GINZA」大滝詠一の80年代伝説
<ラジオ>
・ニッポン放送「垣花正あなたとハッピー」
・ニッポン放送「DEBUT AGAIN」

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2023.10.25
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おすすめのボイス≫
佐久間 正
買うけど絶対開封できないです。
2023/10/26 15:49
1
返信
カタリベ
1967年生まれ
ミチュルル©︎たかはしみさお
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