リレー連載【ミリオンヒッツ1996】 vol.7
花 -Mémento-Mori- / Mr.Children
▶ 発売:1996年4月10日
▶ 売上枚数:153.9万枚
Mr.Childrenの無双状態にあった日本の音楽シーン 「花 -Mémento-Mori-」はMr.Childrenの11枚目のシングルとして、1996年4月10日にリリースされた。彼らがブレイクするきっかけは、1993年11月にリリースされた「CROSS ROAD」で、ここから人気が爆発的なものとなる。1994年から1995年にかけては出す曲すべてがミリオンセラー、あるいはダブルミリオンを記録。アルバムも同様に1994年9月発売の4枚目『Atomic Heart』がトリプルミリオンを達成するなど、日本の音楽シーンはMr.Childrenの無双状態にあった。
その勢いは1996年になっても衰えず、2月リリースの10枚目シングル「名もなき詩」は、オリコン・シングルチャートでは史上初となる、初週売上だけでミリオンを突破、最終的には230万枚を売上げている。そして、そこからわずか2ヶ月という短いスパンで発表された曲が、この「花 -Mémento-Mori-」だった。
どの曲も深刻で重いアルバム「深海」 副題の “Mémento-Mori” は、ラテン語で “死を想え” という意味がある。この言葉が知られるようになったのは、1983年に写真家の藤原新也が発表した、エッセイ&写真集『メメント・モリ』からだろう。そこに収められた写真の数々が強烈なインパクトを放ち、特にガンジス川で人間の死体に野犬が群がっている写真と、そこに添えられたテキスト “ニンゲンは犬に食われるほど自由だ” は有名になった。死を思い、それゆえ今をどう生きるかといったメッセージは、先鋭的なアートや、カルチャーに関心を持つ若者の心を射抜き、ベストセラーとなっている。
そして、この写真集をMr.Childrenのプロデューサー・小林武史が桜井和寿に薦めたことが、タイトルの由来となる。シンプルなアコースティックギターのイントロからすぐに歌に入り、次第にバンドサウンドへと変化していく曲だが、それまでの彼らのシングルにあったキャッチーなメロディーや、ポジティブなメッセージは影を潜めていた。
簡潔にいえば、重い曲ということになるが、その重さは、約3ヶ月後の1996年6月に発売されたアルバム『深海』でより一層強くなっていく。このアルバムは、どの曲も深刻で重い。桜井が得意とする、サビに向かってキーが高くなり、高揚感にあふれたメロディーとサウンドで聴き手の心を掴んでいく曲調は激減し、歌詞のヘビーさとも相まって、多くのリスナーを戸惑わせることになる。
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「深海」に収録された「花 -Mémento-Mori-」の意味 桜井和寿は、アルバム『深海』と、その次に発表される6枚目のアルバム『BOLERO』の楽曲を制作するため、新宿のヒルトンホテルに籠り、20曲を書き下ろしている。「花 -Mémento-Mori-」はその中の1曲だった。桜井は当初、女性ボーカルユニットへの提供を想定してこのメロディーを書いたようだが、結局は自分たちの曲として世に出すことに。また、それ以前に発表された「Tomorrow never knows」から「シーソーゲーム 〜勇敢な恋の歌〜」までの4枚のシングルは、『深海』のアルバムテーマにそぐわないという理由で、次のアルバム『BOLERO』に回され、「名もなき詩」と本作だけが『深海』に収録された。
アルバム制作当時の桜井和寿は、バンドが一気にブレイクしたことの反動による戸惑いや、ネガティブな感情が一気に噴出。アルバム『深海』の歌詞は、作者自身の心情をストレートに表していたことが、音楽誌などのインタビューで明かされている。「花 -Mémento-Mori-」のサウンド面の重さ、苦悩の中から希望を見つけていく歌詞の内容は、『深海』というヘビーなアルバムのラスト前に置かれることで、大きな意味を持つことになったのである。
長いキャリアを持つアーティストやバンドには、ほぼ例外なくそういった時期があり、一度立ち止まって自分自身と向き合うかのような楽曲やアルバムを発表している。この時期、Mr.Childrenもそういったモードに入っていた。そのヘビーな状況下で書かれた「花 -Mémento-Mori-」は、苦悩の先にある希望の光を掴みかけている、そんな心情がストレートに描かれている。
「CROSS ROAD」から8作連続でミリオンセラーを達成 それまでの曲調と違うため、当初は聴き手を戸惑わせたものの、セールス面ではノンタイアップながら150万枚以上を売り上げ、「CROSS ROAD」から8作連続でミリオンセラーを達成。多くのリスナーは彼らの想いに寄り添い、この曲の意味を理解していた。後になるほどじわじわと聴き手の中に染み込んでいき、やがて彼らの中でも屈指の名曲として、愛されていくこととなる。
2001年には、20枚目のシングル「優しい歌」のカップリングとして、この曲のリメイクバージョンが収録された。ピアノをフィーチャーした別アレンジで、SalyuとMy Little Loverのakkoのコーラスが加わり、桜井の歌い方もオリジナルとは異なっている。後半に進むに従って、この曲が持っているスケールの大きさが際立ち、重厚かつ壮大な大作に生まれ変わっているのだ。サブタイトルの “Memento-Mori” は外されているが、バンドも、桜井自身ももう、死を想う必要がなくなったのだろう。
ちょうど、Mr.Childrenというバンドが、青年から大人へと成長していく過程で生まれた楽曲が「花 -Mémento-Mori-」だった。過渡期の彼らを象徴する1曲であり、誰もが通るであろう青春の通過儀礼として、多くの人々の心に残る名曲になったのである。
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2026.05.26