現行ポップシーンにおける最重要プロデューサー、ジャック・アントノフ ポップミュージックの世界には、《名前は知らなくても、耳では知っている人》がいる。その代表格が、ジャック・アントノフだ。彼の名前にピンと来なくても、彼が関わったアーティストの名前を見れば、その重要性はすぐに分かるだろう。
テイラー・スウィフト、ラナ・デル・レイ、ニュージーランドの歌姫、ロード。そして、最近ではサブリナ・カーペンター。現代ポップの中心にいるアーティストたちの作品には、高い確率で彼がプロデューサーとして関わっている。
しかも彼は、グラミーの『最優秀プロデューサー(ノン・クラシック)賞』を3年連続で受賞した、現代ポップを代表するヒットメーカーでもある。つまり、あなたも知らないうちに、すでに彼の音を聴いているのだ。だが、ジャック・アントノフという人物の面白さは、その輝かしい実績だけではない。むしろ本質は、彼自身が率いるバンド、ブリーチャーズにある。
ブリーチャーズの音から伝わるブルース・スプリングスティーンへの憧れ 私は一度、ブリーチャーズのライブを観たことがある。その時まで、ジャック・アントノフには優秀なプロデューサーというイメージしか持っていなかった。緻密に音を組み立て、アーティストの魅力を引き出す職人。そんな印象だった。
ところが、実際にステージに立つ彼はまるで違った。汗だくになりながら歌い、観客にマイクを向け、一緒になって盛り上がる。その姿は冷静なヒットメーカーではなく、純粋にロックンロールを愛するバンドマンそのもの。そう、彼は根っこの部分でロックンローラーなのだ。そして、その素顔が最もよく表れているのがブリーチャーズというバンドなのである。
そして、ジャック・アントノフの音楽を語るうえで欠かせない存在が、ブルース・スプリングスティーンなのだろう。同じニュージャージー出身の偉大な先輩への憧れは、ブリーチャーズの音からもはっきり伝わってくる。サックスが鳴り響き、観客全員で歌いたくなるシンガロングがあり、多幸感と切なさが同居する。そこにはスプリングスティーンを思わせる熱量がある。
バンドサウンドがさらに前面に出ている「Everyone For Ten Minutes」 ただし、それは単なる懐古趣味ではない。世界最高峰のポップ・プロデューサーとして培った感覚が加わることで、メロディは驚くほど耳に残り、感情のピークを作る技術も群を抜いている。スプリングスティーンの熱さ、インディーロックの先鋭性、そしてポップ職人としての技術。この3つが共存しているところに、ブリーチャーズの独自性がある。
そして、リリースされたばかりの最新アルバム『Everyone For Ten Minutes』を聴くと、そんな彼らの魅力がこれまで以上に明確に示されている。シンセ主体だった過去作に比べ、今作ではバンドサウンドがさらに前面に出ている。
生音の存在感が増し、ミドルテンポのアンセミックな楽曲の魅力が際立っている。派手なスピード感よりも、じわじわと熱を高めていくタイプの楽曲が多い。気づけば拳を上げ、口ずさみたくなるような高揚感がある。
一方で、彼が憧れるブルース・スプリングスティーン&Eストリート・バンド的な大盛り上がり大会のロックンロールも健在だ。アルバムで最もハイテンションなロックンロール・ナンバー「テイク・ユー・アウト・トゥナイト」を聴いてみて欲しい。直線的なビートをドラムが叩き出し、それに絡みつくようにサックスが煽る。続いてキーボードやドラムが短いソロパートで応戦し、音によるキャッチボールを展開したところで、劇的なコーダを迎える。
まさに、観客とバンドが1つになっていくライブのようなサウンドは、洗練されすぎたポップではなく、時にソウルフルで、少し無骨で、それでいて人懐っこいロックなのだ。ヒットメーカーとしてではなく、1人のミュージシャンとしてジャック・アントノフが本当に鳴らしたい音がブリーチャーズには詰まっている。
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真正面からロックンロールを鳴らすブリーチャーズ ジャック・アントノフの仕事には、もう1つ興味深い特徴がある。彼のプロデュース作品には確かに “アントノフらしさ” がある。ノスタルジックな質感やセンチメンタルな空気感は、彼の作品に共通する魅力だ。しかし不思議なことに、最終的に印象に残るのはアーティスト本人の物語である。例えばテイラー・スイフトの作品は、テイラーの人生として響き、ロードにはロードの孤独がある。強い個性を持つプロデューサーでありながら、最後にはアーティスト自身を際立たせる。これは自らもブリーチャーズという現役の表現者だからこそ、アーティストの個性や表現を優先し、最終的にアーティスト自身の物語を確立させることに注力しているからだろう。
ジャック・アントノフは、現代ポップの中心に立つヒットメーカーである。しかし、その一方で、彼はずっとロック少年のままだ。現在のポップシーンにおいて、大勢で歌い、拳を上げ、熱狂を共有するようなストレートなロックンロールは、決してメインストリームのスタイルではない。むしろ時代遅れだと言われてもおかしくないだろう。それでもブリーチャーズは臆することなく、真正面からロックンロールを鳴らす。サックスが響き、シンガロングが巻き起こり、多幸感と切なさが入り混じる。そこには計算だけではたどり着けない熱がある。そして何より、ジャック・アントノフの本気と誠実さがある。
世界的なポップスターの作品を手掛けながらも、自らの表現の場では、自分が愛してやまない音楽を愚直なまでに鳴らし続ける。その姿勢は、いまの時代だからこそ私には貴重に映る。もし、あなたがロックンロールを愛し、音楽が持つ高揚感や一体感の力を信じるのならば、ブリーチャーズを聴いてみて欲しい。なぜならば、ブリーチャーズは本気でロックンロールしているのだから。
2026.07.06