発売から40年が経った「新宿の片隅で」
SIONの実質的なデビュー盤、『新宿の片隅で』がリリースから40周年を迎えた。SIONとしては唯一インディーズレーベルからリリースされた作品だ。「街は今日も雨さ」「俺の声」「クロージング・タイム」「ノック・オン・ザ・ハート」という4曲が収録されたこの12インチのアナログ盤は、1985年当時、時代に逆行しているという印象が拭えなかった。
1985年は空前のインディーズブームが巻き起こった年だ。同年の8月8日にNHKのドキュメンタリー番組『インディーズの襲来』が放送され、大きな反響を呼んだ。この10日後の8月18日、雑誌『宝島』が発足させたインディーズレーベル、キャプテンレコードの発足記念イベントがスタジオアルタ前、新宿ステーションスクエアに特設ステージが組まれ行われた。集まった観客は約8,000人。インディーズブームのピークが怒涛のように訪れた。
この頃、“インディーズ御三家” と呼ばれていたのが、ラフィンノーズ、THE WILLARD、有頂天だったことからも、ブームの渦中にいるのは、パンクロック、ニューウェイヴに大きな影響を受け、ビートを効かせ、独自の世界観を構築するバンドたちだったということがわかる。だから、まだ何者でもなかったSIONの、生きることに対する渇望を簡素なギターで綴った「街は今日も雨さ」が1曲目に収録されている『新宿の片隅で』は時代に逆行していたと言わざるを得ない。
上京したばかりの自身について歌った「街は今日も雨さ」
SIONは当時、新宿西口にあった戦後の闇市の風情を色濃く残した掘っ建て小屋のようなアクセサリーショップで働いていたという。金メッキの安いネックレスが並ぶ、そんな店だ。文字通り “新宿の片隅” で、なんとか日々を過ごす糧を稼いでいたSIONは、故郷の山口から上京したばかりの自身について、こんなふうに歌っている。
とりあえずは食う事さ
新聞の広告で 仕事をひろった
朝から晩まで 指紋がすりきれるほど
皿を洗い続けて たったの3200円
つぶれかけた スナックの裏にある
カビ臭い部屋 俺の寝ぐら
なにが都会の 気ままな暮らしだ
それどころじゃねぇ
まったく それどころじゃねぇ
from「街は今日も雨さ」SIONのリアルは、インディーズブームの喧騒とはまったくかけ離れた場所にあった。流行り廃りとは無縁の真実がそこにあった。虚飾を排し、痛みすら感じる言葉がそう思わせてくれた。だからこそ、心に響く人が多かったのだろう。かく言う筆者も、ブームによって自分の好きな音楽の本質が薄らいでしまうような気がしていくという一抹の不安の中で出会った『新宿の片隅で』には、決して一過性ではない普遍的な生命力を感じていた。
新宿のレコード店でプッシュされていた「新宿の片隅で」
『新宿の片隅で』を強力にプッシュしていたのは新宿のメインストリートにある紀伊國屋ビルの2階にあったレコードショップ、帝都無線だった。多くの人が訪れるという場所柄、クラシックや映画音楽なども豊富に取り揃えながら、インディーズ盤も積極的に取り扱っていた。バブル景気に向かう華やいだ街のレコードショップで、その場所に似つかわしくない1970年代のアングラフォークを思わせるジャケットの『新宿の片隅で』を看板商品として置き続けた。結果この場所から火がつき、“SION” という名前はジャンルは問わず、インディーズシーンの音楽を好む10代、20代の若者の間に広まっていった。
新宿の裏通りともいえる場所でうずくまっていたSIONは、ここから程なく歩いた目抜き通りの店で多くの人に見つかったことになる。ちなみに帝都無線では “シオン瓦版” という手書きのフリーペーパーを作成し、SIONのメジャーデビュー後もバックアップを続けていた。
今もSIONの大きな原動力になっている普遍的な生命力
SIONは翌1986年にメジャーデビュー。「俺の声」はファーストシングルとなり、「街は今日も雨さ」はファーストアルバム『SION』にも収録された。どちらも、花田裕之、穴井仁吉、池畑潤二らの強靭なバッキングメンバーを得て、オリジナルの哀愁をそのままに、骨太なバンドサウンドに生まれ変わっている。B面に収録されていた「クロージング・タイム」はセカンドアルバム『春夏秋冬』に収録。「ノック・オン・ザ・ハート」も同年に「KNOCK ON THE HEART」として再録音され、同名のミニアルバムとしてリリースされた。そして、これらの曲を今も歌い続けている。

あの時に感じた『新宿の片隅で』のリアルは、SION自身の中でも普遍性を伴い熟成され続けているのだろう。「街は今日も雨さ」の中で力強く叫ぶ。
今日が昨日のくりかえしでも
明日が今日のくりかえしでも
それは生への渇望であり、歌うことへの渇望だ。もし『新宿の片隅で』が帝都無線で強力にプッシュされていなくても、あの時のデビューがなかったとしても、SIONは今も歌い続けているだろう。そして、この作品に潜んだ普遍的な生命力は、今もSIONの大きな原動力になっているはずだ。
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2025.09.13