甘すぎる男、マシュー・スウィート
なんたって名前がマシュー・スウィートである。直訳でマシュー・甘甘。雑誌で見かけて、「何この名前へんなのー」とか思いながら、私は甘い衝動を抑えることができなかった。だってジャケ写のキュート女子のインパクトたるや!しかもタイトルが「ガールフレンド」だ。写真を見る限りルックスも甘い。何もかもが甘い。甘過ぎる!たぶん自分の中では聴く前から名作だと決まっていたように思う。これは1992年年明け頃の話。
その年の初夏、私は外資系CDショップ・ヴァージンメガストアの新店舗開店の開店スタッフとして、準備のために埼玉の倉庫に通っていた。毎朝マシューを聴きながら、誰もいない倉庫街を歩いた。
ヴァージンメガストア横浜店は、1992年9月18日に開店した。来日中のマシューがインストアアコースティックライブを行うと聞いたのは、開店早々の9月24日。その時の貴重な模様が YouTube にアップされているので是非見てほしい。思ったよりガタイの良い人だった。なぜ制服のシャツにサイン貰わなかったんだ私!惜しいコトをした。
筋金入りのジャパンアニメファン「うる星やつら」も大フィーチャー!
左肩にラムちゃんのタトゥーを入れていたことでも知られるマシュー。クールジャパンなんて名称が世間に飛び交う前から日本のアニメファンだと公言して憚らなかった彼は、「ガールフレンド」の PV では寺沢武一原作の『コブラ』のアニメを、「アイヴ・ビーン・ウェイティング」のPVでは高橋留美子原作の『うる星やつら』からラムちゃんを大フィーチャーしている。
これは当時衝撃だった。まさかの、まさかのラムちゃん!(笑)来日時に高橋留美子先生との対面が実現して狂喜していたそうだ。ちなみに彼が選ぶ日本の漫画トップ10は以下。
01. アキラ / 大友克洋
02. ダーティ・ペア / 高千穂遙
03. うる星やつら / 高橋留美子
04. コブラ / 寺沢武一
05. アウトランダーズ / 真鍋譲治
06. クライング フリーマン / 小池一夫&池上遼一
07. バブルガム クライシス
08. らんま1/2 / 高橋留美子
09. 風の谷のナウシカ / 宮崎駿
10. キャラバン・キッド / 真鍋譲治
※ 1995年作「100%ファン』日本盤初回CDブックレットより
パワーポップの金字塔、ジャケット写真はチューズデイ・ウェルド
マシューは1986年にデビュー。1991年発表のサードアルバム『ガールフレンド』がスマッシュヒットとなり、全米チャート入り(ビルボード最高100位)を果たした。アルバムにはリチャード・ロイド(テレヴィジョン)、ロバート・クワイン、ポール・チャスティンとリック・メンク(ヴェルヴェット・クラッシュ)、ロイド・コールらが参加している。
とろける唇と下目遣いが甘美なジャケ写の少女は、チューズデイ・ウェルドという1960年代のセックスシンボル的ハリウッド女優。マシューが個人所有していた14歳の時のポートレートらしい。
もう、パワーポップの傑作、金字塔、宝箱、サプライズと言って差し支えない名盤。聴いてるだけで目から星が飛び、恋がしたくなり、胸がキュンとして、やるせなさと甘酸っぱい感傷でいっぱいになる。ただ、孤独やセンチメンタルも内包しており、そこには “ひとつまみの塩” 的な隠し味があったりするんだよねえ。
アルバム「ガールフレンド」に捨て曲なし!
全15曲(日本版CDはボーナストラック入り全18曲)、捨て曲なし!特に前半の鉄板加減は筆舌に尽くしがたい、絶妙な甘じょっぱさのネバーエンディングストーリー!
「ディヴァイン・インターヴェンション」の視界が開けていくようなイントロ!ざっくりとうなるギターリフ最高!
続く爽快なドリーミーポップ「アイヴ・ビーン・ウェイティング」が心に沁み、60年代風味のパワフルな恋をしようよソング「ガールフレンド」へと流れる。
女優ウィノナ・ライダーに捧げた「ウィノナ」、そして恋して恋して恋する「イヴァンジェリン」で萌え死に必至!
書いているだけで泣いちゃいそうだ。眩しくてみずみずしくてひとりぼっちで憧れて焦がれて、そういったティーンエイジな感情が小宇宙を作ってあちこちで爆発している。煌めきとナイーヴのマリアージュ!
2012年来日!「ガールフレンド」完全再現ライブ開催
マシューは飛行機嫌いだそうで、そのためか来日公演もあまりないのだが、2012年1月、リリース21年目にして『ガールフレンド』完全再現ライブが日本で行われた。
当時のインタビューでマシューはこう語っている。
「制作時はまだガキで、スタジオが楽しくってしょうがないって感じだった。あのアルバムが大好きだっていう人たちは、たぶん何か作品の中に訴えかけるものがあって、かつそれに感情的に反応してくれたんだと思うね」
会場は私にとって初のビルボード東京。ステージバックの窓にはミッドタウンの夜景が煌めいていた。バンドは21時きっかりに登場。ドラム&ベースは、盟友 リック・メンクとポール・チャスティン、フロム ヴェルヴェット・クラッシュ。ギターはデニス・テイラーという布陣。まず、マシューの体のぶ厚さに若干びびった。
出だしこそ少しつまずいたものの、リズムの安定感は完璧。大人のテンションで、息の合ったガレージ感あふれるギターサウンドを繰り出していた。
距離の近さゆえか優しい笑顔にもキュンキュン!胸熱で胸熱で100回くらい昇天した。帰りがけ、六本木のイルミネーションを見るだけで涙が出てしまった。そんな公演だった。
もう一度言う、パワーポップの最高峰「ガールフレンド」
…とまあ、ずらずら書いてきたけれど、とにかく、堂々とスウィートを名乗る度胸一発、何時間でも眺めていられる甘美なジャケ写一発、そのものずばりのイカしたタイトル一発、アニメファンというセンス一発、それだけで全部決まってしまったということなのだ、私の場合。
聴き続けてかれこれ30年近く、本作は未だ自分にはパワーポップの最高峰である。これは2020年の話。
2020.01.07