1997年 10月15日

SPEED「White Love」90年代のティーンエイジャーに大きな影響を与えた歴史的名曲!

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冬に聴きたいSPEEDの代表曲「White Love」


冬に聴きたい曲はたくさんあるが、その中でも思い入れが強いのがSPEEDの代表曲「White Love」だ。リリースは1997年だから、信じられないことに四半世紀以上前の曲ということになる。

あの頃、多くのティーンエイジャーはSPEEDに憧れていた。次々と大ヒットを飛ばし、CMにも音楽番組にも出まくっていた。間違いなく90年代を代表するアイドルグループのひとつに数えられるだろう。果たして彼女たちが “アイドル” なのかという問題は意見が分かれるところだ。90年代はアイドル文化においていわゆる “冬の時代” で、ビーイング系やTKサウンドがヒットチャートを席巻する中で、アイドルが目立たない時代でもあった。

とはいえ、そう簡単に絶滅してしまうほどアイドル産業も軟弱ではなく、“アイドル的なもの” は次々と生み出されていた。様々な事務所やレコード会社が試行錯誤しながら新たなアイドルを売り出そうと画策する中で、沖縄アクターズスクールも、そのひとつだった。

この養成所出身の代表格である安室奈美恵も当初はアイドルグループ “スーパー・モンキーズ” のメンバーだったが、天才プロデューサー・小室哲哉との出会いによって国民的スターへの道をひた走っていた。そんな安室ちゃんを育てたことでにわかに注目を集めていた沖縄アクターズスクールが、新たに仕掛けたダンス&ボーカルグループ。それがSPEEDだった。

驚異的な歌唱力と独創的なダンスパフォーマンス





敢えて “ダンス&ボーカルグループ” と書いた。やはりSPEEDを形容するのは “アイドル” よりも、こちらだと思う。ティーンエイジャーを中心に、限りなくアイドル的な人気を博していたのも事実だが、彼女たちの本質は島袋寛子、今井絵理子のツインボーカルによる驚異的な歌唱力。そしてダンサーの上原多香子、新垣仁絵が織りなす振り付けの枠を超えた独創的なダンスパフォーマンスにあるのだ。

それに加えて、世間をアッと言わせたのが年齢の若さだ。デビュー時の平均年齢は13.5歳。最年少の寛子に至っては12歳の小学6年生だった。それでいて年齢離れしたパフォーマンス能力が伴っていたものだから、「なんなんだ、この少女たちは!」と世間が驚くのも無理はなかった。幼少期から厳しいことで有名なアクターズスクールのスパルタ訓練にしごかれてきただけあって、その実力は紛れもなくホンモノに仕上がっていた。

世は空前のCDバブル真っ只中。2作目のシングル「STEADY」がミリオンヒットを記録すると、ファーストアルバム『Starting Over』は累計出荷約250万枚という大ヒット。沖縄から飛び出した4人の少女は、瞬く間に日本中を席巻していった。CDセールスだけではなく、CM出演や雑誌グラビアに至るまでアイドル的ポジションを独占。当時、男子たちは「女の子のタイプ、SPEEDでたとえれば誰?」という話題で盛り上がったものだ。

この時点ですでにムーブメントを巻き起こしていたが、ここからSPEEDは更に大きく跳ねることになる。前置きが長くなったが、いよいよ5枚目のシングル「White Love」のリリースである。

CMソングにもなった本格的なラブバラード「White Love」




本人たち出演の『ティセラ』(資生堂)というシャンプーのCMソングで、シングルとしては初めての本格的なラブバラード。誰がどう聴いたって名曲であることに疑いの余地はなく、一聴しただけで大ヒットは間違いなしと太鼓判を押したくなるが、実は本作がリリースされた1997年10月3週目は、ヒットチャート・マニアの間では語り草の伝説的な激戦週となっていた。

▶︎ globe「Wanderin' Destiny」
▶︎ 河村隆一「Love is…」
▶︎ JUDY AND MARY「LOVER SOUL」
▶︎ 広末涼子「風のプリズム」
▶︎ L'Arc〜en〜Ciel「虹」

ーー と、同日発売にミリオン級アーティストがひしめき合っていたのだ。

当時はglobeが1位を本命視されていたが、蓋を開けてみれば激戦週を制したのは、最年少のSPEEDだった。自己最高の初動売上48万枚を記録。ありとあらゆる音楽番組に引っ張りだこで、あの冬はどこへ行っても「White Love」が流れていた印象が強く残っている。

SPEED全作品の作詞作曲を務めた音楽プロデューサー、伊秩弘将が多忙の中でものすごいプレッシャーと戦いながら作り上げたという楽曲の魅力はもちろんのこと、このメガヒットを支えたのは同世代の女性ファンだったと私は考えている。デビューから1年半が経ち、メンバー各々の個性が目立つようになってきた。徐々にキャラクターも認知され始め、アイドル好きの男性ファンだけではなく、女性ファンも虜にしていったのだ。

女性ファンの支持を独占していた上原多香子


松田聖子や中森明菜もそうだが、一定の人気から更に “跳ねる” ためのポイントは、同性からの支持にある。近年でいうと乃木坂46は、白石麻衣と西野七瀬が女性ファッション誌の表紙を飾ったりと、同性の憧れの対象になった瞬間に大ブレイクを果たしている。

その意味でSPEEDは、多香子の存在も大きかった。モデル系のルックスとクールな佇まい、そして天然ボケという飾らないキャラクターで女性ファンの支持を独占していた感がある。

最終的に「White Love」は累計184万枚に達する特大ヒットとなった。初動枚数の約4倍という伸び具合が、この曲のロングセールスぶりを物語っている。今聞いてもまったく古さを感じさせないエターナルな輝きに満ちた作品だが、一箇所だけ「♪新しい手帳にも あなたのイニシャルが沢山ありますように」という歌詞は、スマートフォン普及以前の時代性が滲み出ていて、味わい深い。

また、個人的にシビれるのが「♪次の約束があるから生きていけるよ」というフレーズ。何しろこれを13歳の寛子に歌わせているのだから、バルセロナ五輪の金メダリスト、岩崎恭子の「今まで生きてきた中で、一番幸せです」と双璧を成す、「その若さでそれを言うのか!」系の名フレーズだと思う。そうした大人びた感じも、同世代としては憧れたものだ。

そして、極めつきは振り付けである。サビで両手をクロスさせる印象的な振り付けを、当時マネしなかった女子ってこの世に存在するのだろうか?「White Love」は様々な面でティーンエイジャーに大きな影響を与えた、歴史的な名曲だと思うのである。

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2024.01.14
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カタリベ
1985年生まれ
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