越路吹雪生誕100年、1960年代の初期公演全5タイトルがリリース
2024年は戦後を代表するエンターテイナーのひとり、越路吹雪の生誕100年にあたる。その記念事業の一環として、これまで完全な形ではCD化されていなかったリサイタルアルバムの中から、1960年代の初期公演全5タイトルが、『越路吹雪リサイタル 1965〜1969』として高音質SHM-CDによる8枚組としてユニバーサルからリリースされた。第1回の1965年から亡くなる年の1980年まで、足掛け16年にわたって日生劇場で開催された越路吹雪リサイタルはもはや伝説である。
1969年以降は1ヶ月に及ぶロングラン公演になったにもかかわらず、客席は毎回熱心な観客で埋め尽くされたという。当時はその公演の模様を収録したLPレコードが年1作のペースでリリースされており、今回の復刻はその選りすぐりのライブ盤のCD化となる。
越路吹雪プロジェクト進行中、シャンソン歌手ソワレが語る越路吹雪
企画・監修は、越路をリスペクトし続けてきたシャンソン歌手のソワレさん。越路の生誕100周年プロジェクトとして越路吹雪研究会を発足させ、このCDボックスのほかにもコロムビアで『越路吹雪アーリーソング・コレクション』を監修、さらに自身が越路をカバーしたリスペクトアルバムも秋にリリースされる。そして11月25日と26日には、有楽町 I'M A SHOWにての記念イベントが予定されている。揺るぎない越路プロジェクトを進行中のソワレさんに話を聞いた。
ーー ライブ盤の復刻というのは以前から企画されていたんでしょうか?
「3年ぐらい前から考えていました。越路さんが亡くなられてもう44年になるんですよね。それもあって美空ひばりさんとかに比べると語り継ぐ人が少ない。僕は越路さんが亡くなられてから聴き始めた世代なので、リアルには全然知らない。河合奈保子さんも同時に好きだったんですけど、奈保子さんは現役だったから、常に新しい仕事を追いかけていましたけど、越路さんは亡くなられていたので、まとめて資料を集めることができたんですよね。もう1年ぐらいでレコードとかパンフレットとか買えるものは全部買って。まだ10代とかせいぜい20歳くらいでしたから、ご飯食べるみたいな感覚で自然とインプットされる。興味があることは覚えるのも早いんですよね。それでもっと越路さんのことを知りたいからお墓参りに行って、そこで知り合った当時からのファンの方と仲良くなって話を聞いたり」
「皆さんそれぞれに越路さんへの思いがすごく強いんですよ。その方々からグッズを譲っていただいたりもしました。当時はまだ芸能人の住所が雑誌とかに普通に載ってるような時代だったらしいですね。お家に遊びに行っていろんなものもらったりとかしてたそうで。僕も若かったからそういう話をいっぱい聞いたり、“あんたがこれ持ってなさい” って言われて遺品をいただいたりとか。長いことそういう時期が続くうちにいつの間にか自分でもシャンソンを歌うようにもなって、越路さんが所属されていた内藤音楽事務所とも交流するようになったんです。今回のユニバーサルさんでのお仕事もそういう流れでした。ただ僕はずっと純粋なファンのままでいたいので、越路さんでお金を儲けようとかいう気持ちは一切ないんです。書き物をして原稿料をいただくとかは仕方がないと思うんですけど、いわゆる商人みたいな感じには絶対になりたくなくて」
一番やりたかったのが、日生劇場でのリサイタルの復刻
ーー リアルタイムのファンの方々の思いや、実際の資料なども受け継がれてきたんですね。
「本物を知らない分、なおさら意地になって色々調べたりとかしてるうちにデータベースみたいになってしまった自分がいます。例えば衣装を見た時にこれは何年のステージで着たものだとかわかる人はもういらっしゃらないでしょう。そこはご存命の時に追いかけられなかった分、しつこくこだわりたいというか。それで3年前のコロナ禍の時に文化庁からの支援と内藤音楽事務所さんからの全面協力をいただいて、自分の店で『幻の越路吹雪ロング・リサイタル』という企画を採択してもらったんですね。かつてリサイタルで歌われて、譜面も歌詞もあって台本にも載ってるんだけど音源が残ってないような曲があるんです。例えば「コーヒーを入れよう」というイヴ・モンタンの曲とか、そういうものの原曲を調べて、歌詞を当てはめて歌うっていうイベントをまずやったんです」
「その頃から生誕100年の時には何かやろうとはもう決めていて。それで一番やりたかったのが、今回ユニバーサルさんから出た日生劇場でのリサイタルの復刻だったんです。中でも60年代のものがちゃんとした形でCD化されていなかったんです。僕が千歳烏山にあったレコード屋で最初に買った越路さんのレコードは、『越路吹雪1955年-1966年』っていう3枚組と、 亡くなられた後に作られたベスト盤でした。それを聴いたら、66年の越路さんが驚くほど素晴らしかったんですよ。もう水を得た魚みたいな越路さんの歌声もそうだし、オーケストレーションもすごく若々しくて瑞々しくて “なんなんだこれは!” と思ったんですよね」
「60年代の越路さんの声はちょっとふざけてるというかね、地面から少し浮いてるような感じがするんです。歌謡曲や演歌の泥臭さとかじめっとした感じが全くない。浮世離れというのか、ちょっと日本人離れという言い方をしたらいいのか。日本人らしいところはもちろん日本語だからあるんですけど。シャンソンには意外とドロドロベタベタの音楽みたいなところがあるんだけど、あの頃の越路さんには一切感じないんですよね。とにかく突き伸びてるんですよ。いい意味での不安定さみたいなものがある」
「今になって思えば、当時僕が抱いていた様式美みたいなものに越路さんの歌がぴったりあったんだと思いました。越路さんはこだわりも人一倍強い。お洋服とかもそう。お家は小さなマンションだったりとか、車も国産車だったらしいですし。糠床が大好きだったりとか、スターらしさとは相反するものをたくさん奥に備えてるところがすごく魅力的なんです。私生活は慎ましくて、お金は全部ステージのために使う。そういう実直なところが皆に愛されていた。周りの方も人間的な魅力に溢れた人だって口を揃えておっしゃいます」
越路さんはライブの方が全然いいですから
ーー 越路さんは当然スタジオ録音も山ほどあるわけですが、今回特にライブ音源にこだわったのは?
「どんなに大スターでも、亡くなられて44年も経つと知らない人が増えてきてしまう。もっと面白がって聴いたり見たりしてくれる人がやっぱりいてほしいわけです。特に若い方々に。だから今、研究会っていうのを作ってやってるんですけど。それで今回、ユニバーサルの星野さんと最初にお話をした時に、本当は16枚のコンプリートを出したいと言ったんですよ、日生劇場でのライブを全て。でもそれはさすがにハードルが高すぎるだろうということで、じゃあ自分が10代の時に聴いて感銘を受けた60年代の越路さんということになりました。ロングリサイタルっていうのは68年の7月から始まっていて、69年からは1ヶ月にわたる公演になるんですよ。それまでの2日間や3日間の公演だった時代はその短い間に全力投球すればいいから、やっぱりパワーが違う」
「越路さんはライブの方が全然いいですから。それを若い人たちにも一番聴いてもらいたい。こんなにかっこいい人がいたということを分かりやすくプレゼンテーションしたかったので、60年代のライブ録音をまとめたCDという形でボックスにさせていただいたんです。スタジオ録音はレコードになるものだから、どうしても奇抜な歌い方をされないでしょう。越路さん自身も自分は生のステージで見てもらう歌手っていう意識が宝塚の時から強かったんだと思います。レコーディングがあんまり好きじゃなかったっていうお話もありますし」
「レコードのサンプル盤をディレクターさんが持っていくと “私、下手ね” って必ず言うんですって。そのうちにサンプル持って行くのが嫌になったとディレクターさんが言ってましたよ。やっぱりその場にいるお客様に全てを見てもらうっていうことに懸けていた。そこには舞台装置があって、照明があって、衣装があって、オーケストラがあって、それで初めて越路吹雪という歌手が生きてくるんだっていうふうに強く思っていらしたと思います」
越路吹雪という歌手が完成されたのは60年代
ーー やはり66年くらいの越路さんが一番脂が乗っていたと思われますか?
「これはもうピークと言っていいと思うんです。1937年に宝塚に入団してからずっと歌い続けて、越路吹雪という歌手が完成されたのは60年代だと思います。劇団四季の浅利慶太さんが参加されるのが、僕が一番好きな66年4月のリサイタルからなんですが、そこに至るまでの60年代のコンサートっていうのはちょっと乱暴なところもあって、ものすごく可能性をはらんでいる。70年代のロングリサイタルももちろん素晴らしいんですけど、徐々に選曲も変わっていって、60年代に歌っていたような曲を歌わなくなってしまっているんですよね」
「越路さんはご主人の内藤法美さんと一緒に毎年フランスへ行って、新しいシャンソンをたくさん聴いてこられているから、当然レパートリーも増えていく。 この曲が自分に合うっていうものを取り入れていったんですね。その後のシャンソン歌手の人たちは、越路さんが歌ったものをさらに模倣で歌ってるんですよ。だから越路さんが亡くなられた1980年以降のシャンソン界が衰退していってしまったのは仕方がなかったと思います。ダントツの牽引者が日本という国にシャンソンを紹介してくれなくなってしまったわけですから」
越路吹雪にとって最大の幸福とは?
ーー やはりそこには、作詞家でありマネージャーでもあった岩谷時子さんの功績も大きかったと。
「岩谷さんがいらっしゃらなければ、越路さんもここまでの大歌手になっていなかったのは間違いないでしょう。岩谷さんとの関係は切っても切れない。越路さんのことを知り尽くしているからこそ、あれだけの歌詞が書けた。岩谷さんご本人も詞を書いた時に越路さんがどんなふうに歌うかっていうことが全部見えてたらしいですからね。越路さんはあれほどの逸材ですから宝塚でも頭角を現したんだと思いますが、いざ東京へ出るという時に岩谷さんを付けたというのは素晴らしい判断だったと僕は思います。唯一無二の岩谷さんという盟友を得られたことが、越路吹雪にとって最大の幸福だったでしょう。大胆なように見えて、ものすごく繊細なところがある人ですから」
「岩谷さんの方が小柄だし、おしとやかで女性っぽく見えるんですけど、実は性格は真逆だったと思います。何かにつけてまず行動に出るのは岩谷さんで、越路さんとこの人を組ませたらどうなるだろうというような物事の捉え方も上手だったと思います。越路さんも絶対的に信頼していた。とにかく最大の味方だったということでしょう。岩谷さんは最愛のお母さまを亡くされて、その後に越路さんが亡くなった時に “これで私は全てを失った” とおっしゃったそうです」
越路さんの魅力が100パーセント伝わるようにしたつもり
ーー 今回のボックスで特に聴いてもらいたいところを教えてください。
「日本のエンタメ界の至宝をこうしてきちんと形に出来たのは星野さんのご尽力のおかげで、本当にたくさんの方々に聴いていただきたい。今回の復刻は、僕が最初にLPを聴いてから実現までに35年かかってるわけですから。今回、僕はトラッキングも全部任されたんですよ。マスタリングの時にトラック分けをやるっていうことになって、レコードの内容を全部知ってるので、越路さんのチャーミングなトークを意識しながらトラックマークをつけたんです。それが難しかったんですよ。歌う前に曲の説明をしてるところがありますよね。それを曲前につけたほうがいいのか、それとも前のトラックの後につけた方がいいのか、っていうところで悩んだんですよね」
「勢いよく歌が始まってるものに関しては、あえて全部歌からにしたり。とにかく通して聴いても、1曲だけで聴いても、越路さんの魅力が100パーセント伝わるようにしたつもりです。あとはやっぱり、越路さんの自由な語りと動き。動きというのはもちろんレコードだと見えないんですけど、聴いているうちに越路さんがどう動いているかっていうのが目に浮かぶシーンがいっぱいあると思うんです。オフマイクで越路さんが掛け声を上げてるところとか。オーケストラもすごくノってくるんですよ。そのリズムやピッチに合わせて越路さんが豪華な衣装で待ってる姿みたいなものがすごく想像できるCDなんじゃないかと思います。岩谷さんの訳詞もものすごく綺麗な言葉が使われていて、特に60年代の曲って可愛らしいラブソングも意外と多いから、ダイナミックな歌唱ばかりではなくて、チャーミングな越路さんのこともいっぱい聴いてもらえるような気がします。ステージでの越路さんの姿を想像しながら聴いてください」
ーー 正にシャンソンというジャンルの垣根を超えた世界がここにはありますね。
「これほどいろんなジャンルの歌があるのかと思われるんじゃないですか。ボサノヴァもあれば、ロックもある、ハバネラもあるし、モータウンもある、リズムとかもものすごくたくさん。そしてもちろんシャンソンのレパートリーもある。いろんな音楽のジャンルを卓越した歌唱力で聴かせてくれる。シャンソンだからというふうに構えずに、日本にこんなかっこいい人がいたんだっていう印象で聴いていただきたいなと思います。とにかくかっこいいんですよ。あれだけたくさんの観客を1人で魅了した歌手って未だにいないんじゃないでしょうか」
Information
越路吹雪リサイタル 1965〜1969
初回生産限定(SHM-CD 8枚組)越路吹雪リサイタル@日生劇場
▶ DISC1:第10回 1965年10月29日〜30日
▶ DISC2:第10回 1965年10月29日〜30日
▶ DISC3:第11回 1966年4月5日〜6日
▶ DISC4:第13回 1968年2月29日〜3月2日
▶ DISC5:第13回 1968年2月29日〜3月2日
▶ DISC6:第1回 ロング・リサイタル 1968年7月4日〜14日 / EP「想い出のソレンツァラ」より / NHK紅白歌合戦歌唱集
▶ DISC7:第2回 ロング・リサイタル 1969年5月1日〜28日
▶ DISC8:第2回 ロング・リサイタル 1969年5月1日〜28日
詳細はこちら:
https://www.universal-music.co.jp/koshiji-fubuki/products/upcy-7971/ソワレ・プロフィール歌手 / ソングライター / イベントオーガナイザー / ライブハウス&バーオーナー
越路吹雪さんと河合奈保子さんを敬愛する「シャンソン歌手&ソングライター」。渋谷「青い部屋」の店長を経てゴールデン街と新宿二丁目、歌舞伎町にライブハウスとバーを複数構える。来年2025年に歌手活動30周年を迎える。越路吹雪の命日、2024年11月7日に越路ナンバーを集めたカバーアルバム「ブラヴォー!コーチャン!」をリリース。ソワレ公式サイト:
https://soiree.in
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2024.09.22