水谷豊も出演した第一夜《風編》
作詞活動55周年を迎えた松本隆の記念コンサート『風街ぽえてぃっく2025』が9月19日と20日の2日間にわたって開催された。2021年に日本武道館2デイズで開催された『風街オデッセイ2021』以来となる、オリジナルとカバーを織り混ぜての超豪華メンバーによるコンサート。今回は有楽町の東京国際フォーラムホールAに所縁のアーティストたちが集結した。
《風編》と題された第一夜は、1980年代のアイドル黄金期に大活躍した近藤真彦、斉藤由貴、ハウンド・ドッグの大友康平、ミュージカル界のスター井上芳雄、10月に40年ぶりのワンマンライブを催す安田成美らの出演が告知されていた。さらに、公演が近づいてから追加メンバーが発表され、2016年にソロデビューして映画・舞台などで活躍中の橋本環奈、ドラマ『不適切にもほどがある!』でも話題となった俳優の木下晴香が、そして最後に俳優としても歌手としても長いキャリアを持つ大ベテランの水谷豊の出演がアナウンスされていた。
オープニングナンバーは曽我部恵一の歌う「あゝ青春」
「僕たち、私たちのそばには、いつも松本隆の言葉がある... そして、名曲は永遠に歌い継がれる...」
スクリーンにメッセージが映し出された後、トップバッターとして登場したのはサニーデイ・サービスの曽我部恵一。オープニングナンバーの「あゝ青春」は、松本が初めて吉田拓郎と組んだ作品である。吉田自身もアルバムでセルフカバーしているが、最初に歌ったのはトランザム。吉田が音楽を担当したドラマ『俺たちの勲章』から生まれた曲だった。
続いての「水中メガネ」はスピッツの草野マサムネが二次元キャラクターのChappie(覆面ボーカルだが歌ったのはいとうようこ)に提供し、45周年記念の際に出された松本へのトリビュートアルバム『風街であひませう』で草野がセルフカバーしたナンバー。両曲とも力強いながらも繊細な曽我部のボーカルにマッチしていた。

三浦宏規が完璧に自分のものとした原田真二のカバー
続いても1人2曲ずつの歌唱になる。俳優でダンサーでもある三浦宏規が、冨田ラボ Feat. 秦基博の「パラレル」と、原田真二の「タイム・トラベル」を披露。ミュージカルの舞台を中心に活躍している三浦だけあってさすがの歌いっぷり。特に「タイム・トラベル」は完璧に自分のものにしていた。

その次に登場した鈴木瑛美子の「シンプル・ラブ」も見事な歌唱で、10年前にゴスペルコンテストで優勝して注目されてから日々研鑽を積んできたであろうボーカルは、オリジナルの大橋純子に勝るとも劣らない。もう1曲の「ミスター・スマイル」もやはり大橋の曲で、この2曲を選んだ鈴木の歌への自信とリスペクトが漲っていた。4年前の『風街オデッセイ2021』にも出演していた彼女はまだ26歳だそうで、これからの音楽界を担うボーカリストとして存在感を増してゆくに違いない。

1980年代のトップシンガー、近藤真彦が登場
ここからベテランゾーンに突入する。大友康平が「哀愁トゥナイト」と「セクシャルバイオレットNo.1」を歌い、ロックシンガーの先輩、桑名正博へのリスペクトも語られた。同時に松本と筒美京平とのコンビ作もこの日初歌唱となったところで、同コンビが作品を提供した1980年代のトップシンガー、近藤真彦の登場である。

客席からの “マッチー!” の歓声を受けながら歌われたのは、デビュー曲の「スニーカーぶる〜す」と、山下達郎が作曲した「ハイティーン・ブギ」。渋味を増した大人の男が歌う青春ソングは、若さでギラギラしていたあの頃とはまた違った輝きが醸し出されており、時を重ねた分熟成されていた。野性的な言葉が使われた松本の詞のおかげで不良っぽいイメージが作られてしまったと語る近藤。 “俺” や “だぜ” といった言い回しは日活映画の石原裕次郎を継承していると分析したのは、たしか作家の小林信彦であった。

安田成美の歌う「風の谷のナウシカ」と「銀色のハーモニカ」
この時点でもう大満足なのだが、さらなる本人歌唱で、安田成美が「風の谷のナウシカ」と「銀色のハーモニカ」を歌う。いずれも細野晴臣の作曲だ。『風街オデッセイ2021』では「風の谷のナウシカ」のみの歌唱だったが、今回は各人2曲の構成のおかげで「銀色のハーモニカ」も聴けたのは嬉しい。

続いてはミュージカル界のトップスター井上芳雄。この日初めての松田聖子のナンバー「瑠璃色の地球」を悠々と歌い切った後は、今年5月に開催された『MUSIC AWARDS JAPAN 2025』で最優秀リバイバル楽曲賞を受賞した大滝詠一の「ペパーミント・ブルー」が披露された。1984年の名盤『EACH TIME』に収録されていた楽曲の素晴らしさを改めて窺い知る機会であった。

女優・斉藤由貴劇場を堪能
1部のラストでいよいよ斉藤由貴が登場する。まずはサードシングルだった「初戀」から。そしてトークを挟んでの珠玉の名曲「卒業」である。コンサートのテーマでもある "歌い継ぐ" に反して “私のために書いてもらったこの曲は他人に歌わせたくない宝物” とストレートな主張で曲へのほとばしる愛情が語られる。
しかし、それほどまでに褒めちぎった後に “でもあまり言いすぎると松本さんがますます自分はすごいと思ってしまうのでそれも良くない” としっかり落とすことも忘れない。4年前と同じように曲の途中で少し涙ぐむシーンもあり、今回も女優・斉藤由貴劇場を堪能させてもらった。「卒業」は1980年代の「悲しい酒」(1966年 / 美空ひばり)なのかもしれない。

松本隆本人が「夏なんです」を朗読
休憩を挟んでの第2部。マッキーこと槇原敬之の登場で再び幕が開く。「君は天然色」「君に、胸キュン。~浮気なヴァカンス~」と夏歌で変わらぬ美声を披露。バックには涼しげな映像も写し出されて爽快感に浸る。ここで松本隆本人が登場し、はっぴいえんどの「夏なんです」を朗読して大きな拍手に包まれる。


そして、アイドル&女優ゾーンへと移行。まずは橋本環奈が「あなたを・もっと・知りたくて」と「木綿のハンカチーフ」を。「セーラー服と機関銃」で歌手デビューした彼女が薬師丸ひろ子をカバーするのは必然だった。全体がオリジナルのアレンジを活かした演奏の中、このパートだけニューアレンジが効かされていたが、これぞハシカンたる所以か。

続く木下晴香は大滝詠一作品の「すこしだけやさしく」と「一千一秒物語」というチョイス。これがまた非常に達者で、普段から曲を聴き込んでいる様子が窺える。ナイアガラーなのだろうか。若干緊張した面持ちの本仮屋ユイカは「小麦色のマーメイド」と「秘密の花園」で松田聖子愛をアピールした。次に登場した宮澤エマも松田聖子の「天国のキッス」を歌う。各アーティストが希望曲を出す時にこの辺りは攻防戦であったかもしれない。もう1曲の「Woman "Wの悲劇" より」も堂々とした歌いっぷりで、ミュージカル女優の貫禄を見せつけた。



トリを務める水谷豊「やさしさ紙芝居」
ここで風街ばんどのメンバーが紹介される。音楽監督の井上鑑をはじめ、アコースティックギターの吉川忠英、ベースの髙水健司、ドラムスの山木秀夫らステージを支えた面々が一人一人手を挙げた。

そしてトリを務める水谷豊が、ドラマ『熱中時代』(教師編第2シリーズ)の主題歌だった「やさしさ紙芝居」を歌ってステージに現れ、盛大な拍手と歓声で迎えられる。旧知の寺尾聰との想い出が語られた後に歌ったのはもちろん「ルビーの指環」である。水谷が10年前に出したカバーアルバム『時の旅人 2015』にも収録されていた超絶ヒットナンバー。オリジナルの編曲は音楽監督の井上だったので、本家本元の演奏によるカバーでステージはいったん幕となる。

アンコールでは、曽我部恵一が再び登場してはっぴいえんどの「抱きしめたい」を歌う。1971年のアルバム『風街ろまん』の1曲目に収録されていた曲で、松本の仕事の原点に立ち返った趣向となる。さらに槇原敬之が1981年の大滝詠一『A LONG VACATION』からのナンバー「スピーチ・バルーン」を歌って絶妙な余韻を残す中、全出演者がステージに集まりエンディングとなる。
終演が惜しまれつつも、2日間ともに会場を訪れる観客も少なくないであろう。翌日もまた新たなメンバーで松本隆の言葉で紡がれた名曲たちが歌われることへの期待を高めながら、『風街ぽえてぃっく2025』1日目の幕が下ろされた。
PHOTO:CYANDO
Information
~松本 隆 作詞活動55周年記念 オフィシャル・プロジェクト~風街ぽえてぃっく2025
WOWOWでの放送が決定!
・第一夜:風編 11/23(日・祝)午後4:45〜
・第二夜:街編 11/23(日・祝)午後7:30〜
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2025.10.18