新・黄金の6年間 ~vol.7 ■ キテレツ大百科
原作:藤子・F・不二雄
最終回:1996年6月9日
良曲揃いの藤子アニメ主題歌
昔から、藤子アニメの主題歌は良曲が多い。
藤子アニメとは、藤子不二雄(藤子・F・不二雄/藤子不二雄Ⓐ)原作のアニメのこと。モノクロ時代の60年代なら、“♪8キロ 10キロ 50キロ” の『オバケのQ太郎』(TBS系)を始め、“♪まっ赤なマントをひるがえし” の『パーマン』(同)、筒美京平先生のグループサウンズ風メロディも楽しい “♪ドカバカボカボン” の『怪物くん』(同)と、TBSの日曜19時半枠は名曲揃いだったし、カラーの70年代になると、山本直純先生のファンキー全開のオープニング『新オバケのQ太郎』(日本テレビ系)が、タイトルバック共に素晴らしい仕事を見せてくれた。演出はアニメ界の巨匠・長浜忠夫である。
80年代以降は、“♪テレポーテーション~” の『エスパー魔美』(テレビ朝日系)の主題歌のクオリティが極めて高かった。
計7タイトルが作られた「キテレツ大百科」歴代主題歌
そして何より――『キテレツ大百科』(フジテレビ系)の歴代主題歌がどれも最高だった。アニメ版は1987年に特番、そして翌88年にテレビシリーズ化され、96年まで8年間も放映された。これは、藤子アニメでは『ドラえもん』(テレビ朝日 / 1979年〜)に次ぐ長寿記録である。その間、主題歌は特番も含めて計7タイトルが作られた。
特番
「キテレツ大百科のうた」
作詞:おこちそう / 作曲:細野晴臣 / 歌:堀江美都子
テレビシリーズ
初代「お嫁さんになってあげないゾ」
作詞:森雪之丞 / 作曲:池毅 / 歌:守谷香
2代目「ボディーだけレディー」
作詞:森雪之丞 / 作曲:林哲司 / 歌:内田順子
3代目「夢みる時間」
作詞:吉元由美 / 作曲:林哲司 / 歌:森恵
4代目「はじめてのチュウ」
作詞・作曲:実川俊晴 / 歌:あんしんパパ
5代目「スイミン不足」
作詞・作曲・歌:CHICKS
6代目「お料理行進曲」
作詞:森雪之丞 / 作曲:平間あきひこ / 歌:YUKA
―― いかがだろう。どれもタイトルを見ただけで、ピンとくるのではないだろうか。特番時代を細野サンが手掛けているのも驚くが、これが80年代のフジテレビの力である。「はじめてのチュウ」はエンディングの印象が強いが、その前に短期間、主題歌(オープニング)に起用された時代もあった。
「キテレツ」と言えば、「お料理行進曲」
だが―― 今回取り上げるのはそこじゃない。テレビシリーズの最後に登場した6代目主題歌「お料理行進曲」である。最後と言っても、同曲が使われたのは1992年からの4年間。テレビシリーズ全331話のおよそ半分に当たる。「キテレツ」と言えば、同曲の印象が強いのは、そういうこと。長寿化した要因は、同曲のクオリティもさることながら、その時代背景―― 僕がこのリマインダーで唱える「新・黄金の6年間(1993年〜98年)」にもあると見ている。ちなみに、最終回は1996年6月9日―― 今から27年前の昨日である。
いざ進めやキッチン
めざすはジャガイモ
ゆでたら皮をむいて
グニグニとつぶせ
「お料理行進曲」―― 作詞は、同シリーズ3作目となる森雪之丞サン、作曲はアニメやCMソングなどを手掛ける平間あきひこサンだ。特筆すべきは、タイトルバックのアニメと調和する詞と曲の世界観。財宝を求め、行進曲も勇ましく、帆船で大海に繰り出すキテレツ・コロ助・ブタゴリラ・トンガリの一行。目指す孤島へ辿り着くが、次の瞬間、ゴツゴツした島のビジュアルがジャガイモに乗り替わる――。
―― 場面変わって、キッチン。みよ子が今まさに茹でたてのジャガイモをマッシャーでグニグニと潰している。そう、同曲は2つの物語が並行して進む、巧妙なレトリック仕立てになっている。
さあ勇気を出し
みじん切りだ包丁
タマネギ目にしみても
涙こらえて
島へ上陸した一行。勇ましく駆け上がるが、その時、島の火山が大噴火。なぜか噴石ならぬ “タマネギ” が一行に降り注ぐ。懸命に剣で応戦する彼ら。この時の歌詞が “涙こらえて”――感動的だ。だが、そうこうするうち、一行の前に溶岩流が迫る。そして次の瞬間、溶岩流はフライパンの中のミンチに乗り替わる――。
炒めよう ミンチ 塩・コショウで
混ぜたなら ポテト 丸く握れ
―― そう、再びキッチン。みよ子が軽快にミンチを炒め、リズミカルに塩・こしょうを振る。一方、島の一行は水量を増した滝に襲われ、急流に飲まれて洞穴に転がり落ちる。インディ・ジョーンズ張りの凄まじい冒険活劇だ。
小麦粉・卵に
パン粉をまぶして
洞窟を転がりついた先に広がる巨大地下空間。一行の前には、吊り橋がある。迷わず渡る彼ら。だが、冒険活劇のお約束のように吊り橋は途中で崩れ、一行は放り出される。と、彼らの目の前には、よもやの宝の箱。ふたを開けると、中から黄金色に輝く財宝が――。
揚げればコロッケだよ
―― 三度、キッチン。財宝は揚げたてのコロッケに乗り替わり、箸に取って微笑むみよ子。テーブルの4人―― キテレツ・コロ助・ブタゴリラ・トンガリの前には、そんなコロッケが盛られた皿が置かれる。だが、ここで突然、荘厳な男性コーラスが覆いかぶさる。
キャベツはどうした?
その瞬間、箸が止まるキテレツとブタゴリラとトンガリ。みよ子もアッという顔に。だが、一人コロ助だけは意に介さず、笑顔でコロッケを頬張る。
―― どうだろう。この完璧なオチ。最後まで行進曲の世界観を壊さず、たった一言で落とす “キャベツはどうした?” のキラーワード。間違いなく、アニメ史上最高の主題歌と言っても過言じゃない。それにしても、何ゆえ、こんな神曲が生まれ、そして―― 4年もの長きにわたり、使われ続けたのか。
藤子作品としては、極めてマイナーな存在、アニメでは純粋に “面白さ” を追求
アニメ『キテレツ大百科』の原作は、農協(現・JA)グループの出版部門「家の光協会」が発行する子供向け月刊誌『こどもの光』で1970年代中盤、4年間ほど連載された。書店の取り扱いがなかったので、当時小学生だった僕もそうだけど、コミック(全3巻)で同作品を知った読者がほとんどだった。
そう、藤子作品としては、極めてマイナーな(原作ファンが少ない)存在だったのだ。それゆえ、アニメ化にあたり、ともすればアニメスタッフの裁量が大きくなりがちな案件だった。だが―― メインライターのベテラン脚本家・雪室俊一サン(1965年の『ジャングル大帝』で脚本デビューしたアニメ界の超大御所である)をはじめ、フジテレビのアニメスタッフは違った。
彼らは、藤子・F・不二雄先生の原作の世界観を大切にし、その軸を失わないようにアニメ作品に昇華した。原作の少なさゆえのオリジナルのエピソードも、その方法論で作った。それは、今日、再評価されたF先生の「すこし・ふしぎ」=SF短編の世界観に近いものだった。それゆえ、『ドラえもん』より少し上の世代がターゲットになった。主人公・キテレツの相棒ロボット・コロ助の存在も、女子中高生のファン化に拍車をかけた。
要するに―― 同アニメは純粋に “面白さ” を追求できたのだ。小学生だけでなく、中高生もターゲットにしたので、『ドラえもん』よりストーリーテリング(物語の面白さ)に振ることができた。事実、原作のF先生は、当時、アニメ版の『キテレツ』について、こんな感想を残している――
「藤子アニメの中ではキテレツが一番好きで、毎週かかさず見ています。」
満を持して、6代目主題歌として登場した「お料理行進曲」
そのクリエイティブは、レギュラー放送の主題歌にも受け継がれた。こちらは、ベテラン作詞家の森雪之丞サンの仕事である。彼が編み出した手法は、1分30秒でヒロイン・みよ子の物語を見せるというもの。あえて主人公じゃないところがオシャレ。初代主題歌の「お嫁さんになってあげないゾ」と、2代目の「ボディーだけレディー」がそうだった。
4代目主題歌に至っては、相棒のコロ助の歌になった。ご存知、「はじめてのチュウ」である。同曲は一躍人気を博し、その後、エンディングでも長きにわたって使われる。そして、5代目主題歌は、ガールズバンド「CHICKS」のオリジナル曲「スイミン不足」を採用。こちらは、ユルい世界観と突き抜けたサビのメロディが好評を博し、それまで20~30回で交代してきた主題歌が、ここへ来て61回とロングラン。もはや同アニメの主題歌に求められるフェーズは完全に “面白さ” の一択になった。
1992年4月19日―― 満を持して、6代目主題歌「お料理行進曲」が登場する。折しも、時代は「新・黄金の6年間」が到来する前夜。来たる時代の特色の1つが “大衆性” だった。そう、市場が求めたのはお客を選ぶスタイルやセンスではなく―― ベタ。その空気に、「お料理行進曲」がハマるのは歴史の必然だった。
面白い作品が純粋に評価された、幸せな時代の話である。
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2023.06.10