2024年 澤田知可子インタビュー(後編)「会いたい」のミリオンセラーから長い時間、澤田知可子は苦悩と葛藤の渦中にいた。「私は何者なのか?」と自問自答しながら曲を作り、歌い続けた。そんな中、「胸を張りなさい!自信を持ちなさい!シンガーソングライターにこだわらなくていい、素晴らしい歌を歌っていかなくては作家が死ぬのよ」という由紀さおりの励ましの言葉で自信の道筋を見出す。“泣き歌の女王” 澤田知可子インタビューの後編は、苦悩と葛藤を経た現在の思いが詰まっている。
ニューベストアルバム『澤田知可子〜うたぐすりBest Selection〜』のリリースを記念して行われた今回のロングインタビュー、澤田の軌跡を辿りながら歌に込められた想いを噛み締めて欲しい。
歌を “くすり” に変えていく。セラピーに変えていく。それが私の役目
―― 由紀さおりさんの言葉に救われたのは「会いたい」から10年ですね。
澤田:そうです。そして、そこから4年後、ちょうど中越地震がありました。そこで “歌いに来てほしい” と長岡の人が言ってくれて…。震災から2ヶ月後のチャリティで歌った時に 私はこれから “歌” を “くすり” に変えていく。セラピーに変えていく。それが私の役目だったんだ!と気づいたんです。だから、本当はそこからですね。自分の中の心の復興が始まったのは。
―― すると “心の復興” まで14年かかったということですね。
澤田:ここで自分の中で役目が決まって、スイッチが入りました。そのチャリティライブの1曲目は「会いたい」でした。野外でこのイントロが流れると、5分間だけ雹(ひょう)が降ってきたんですね。誰も逃げられなくて…。そこに地球が悲鳴を上げているというメッセージを感じて。その次の曲で、バケツをひっくり返したような雨になって。最後「幸せになろう」で雨はピタッと止みました。
この3曲、20分という短いライブの中で、私は歌手として生きていけるという実感を得ました。そして、これからは歌をセラピーに変えていく!そう決心しました。ここにたどり着くまでは、本当に苦しかったですね。レコード会社も転々として、リストラにもあって(笑)本当に自暴自棄でした。
自分の人生でたどりつきたかった場所はここだったよね
―― そんな決して平坦な道のりではなかった澤田さんのキャリアの中で、「会いたい」はあの時代に生きている人なら知らない人はいない曲ですよね。あれだけテレビで流れていて、ミリオンになって…。そこで過大評価というか、自分はすごい!と思うのは当然のことだったと思います。まだ行くぞ!というモチベーションになったと思いますが。
澤田:行けると思っていたんですけどね(笑)でもガツーンって、ぶっ潰されました。そこでコテンパンにされても這い上がれるイメージができたのは21世紀になってからです。すぐに立ち直ったわけではなくて、自分の自信を取り戻すのに時間がかかり、今やっと、直球で『うたぐすり』というタイトルをつけよう!私はこれをずっとやってきたのだからと思えるようになりました。自分の人生でたどりつきたかった場所はここだったよね、というベストアルバムです。
―― 心のデトックス効果というか、アルバムを聴くと心が浄化される感じがします。曲順も良かったと思います。
澤田:選曲に関しては、1枚目が “恋に恋した” サイドで、2枚目は、”我が人生” という感じで選びました。新曲の「遠く」は、歌えば歌うほど、どんどん好きになっていきますね。すごく良い曲をもらえたな、と。この時代に対しての真新しさということではなく、この年でこの世界を歌わせてもらえる感覚ですね。
写真:西村彩子
“恋の歌” の価値観が変わっていく中でたどり着いた「遠く」
――「遠く」は直球のラブソングという感じもしますが、澤田さんの歌が好きな世代のファンが、人生の辛酸を乗り越えてきて、それでもやっぱり恋っていいよね、と思える曲ですよね。これは若い人には歌えない曲だと思います。
澤田:私はデビューするときの入口が “働く女性たちへの応援歌” を歌いたいというのが自分の中でありましたが、それが、デビュー曲は、まったくそうではない「恋人と呼ばせて」という不倫の真っ只中の直球の歌で…。レコーディングの時に “こんな歌を歌いたくない” とトイレで泣いたぐらいでした(笑)自分の精神年齢が歌の内容にまったく追いついていなかったんです。それが、いつの間にか追い越し、何も気にならなくなって(笑)
昭和の時代は “あなたについていきます” ではないですが、男性が強くて、弱い女性を表現していくことが多かった。でも歌っていく中で、女性が自立し始めて、その自立した女性が見る “恋の歌” の価値観もどんどん変わっていきます。そんな中「遠く」にたどり着いて、すごいなと思ったのは、恋を俯瞰した歌なんですよね。
悲しみが薄れていく自分を俯瞰しながら、それでも傷がなくなってしまうのはさみしいなと思ってしまう歌なんです。だから、自立して、”こんな最後の恋をしたわ” とか、”いい年をしてドキドキしている” というところを俯瞰で見ている歌なんですよね。悲しみを楽しんでいるんですよ。傷をね。だからすごいなと思えて。この歌は私たちの世代でも歌えるし、自立した30代、40代のいい女たちに歌って欲しいと思いました。恋の価値観は年齢と共に変わっていくんだということを伝えられるんだと思うと、嬉しくなって。今ワクワクしています(笑)
――「会いたい」がヒットした時代は恋愛至上主義的なところがありましたよね。
澤田: “言ったじゃない!” “待って!” というやつですね(笑)でも、今は確実に恋の温度が変わっていて…。それでも恋はするべき、みたいなね。誰かと一緒にいたいと思える愛情は必要だよということですね。それを結婚に夢を持てない人たちにお伝えしたいなと思っています。ドラマは普遍的なものだから若い人にも聴いてもらいたい。こういうドラマがあるよ、というのを若い人たちにも知ってもらいたいですね。
みんなが疑似体験している「会いたい」
―― 澤田さんが歌う曲の中で感じるドラマはいろんな側面があると思います。癒しだったり、共感だったり、シンプルに “明日も頑張ろう” と思えてくるような。
澤田:涙にもいろいろな種類があって、どういうシーンで人は泣くのか… というのはみんな違うと思います。ライブをやっていく中で、本当にすごいなと思うのは、「会いたい」は、みんなが疑似体験してくれるんですよね。それぞれの人生の中でちゃんと主人公になって物語に入ってくれるんです。他にどんな曲を並べても敵わない。「会いたい」は横綱級。これを持たせてもらった人生、こんなすごいアイテムを持って生きている人生だから、この曲を常に磨いてお届けするための生き方になっていくんですよね。
―― 今の澤田さんの歌にはそういう生き方を通じた “情念” がほんのりと感じられるところも、すごいところかなと思います。
澤田:嬉しいです。それがなかったら泣けないと思うし、情念というか “ソウル” の部分がしっかりあっての泣き歌だと思うので。そういう部分は大事にしていますね。
―― 澤田さんの歌を聴いていて、耳が止まってしまう瞬間があるのは、そういう部分だと思います。
写真:近藤宏一澤田:今回のアルバムにも収録されている「GIFT」という曲があって、「がんばれ がんばれ」という歌詞がありますが、この曲がリリースされた2000年には自殺者が3万人を超えて、当時は “がんばれ” って言ってはいけないという風潮がありました。そこから24年経ったけど、“がんばれ” という言葉はなくなってないし、逆にこの言葉の伝え方も変わってきました。
みなさん、ちゃんと成長しているんですよね。自分と対峙しながら生きていく中で、”自分がんばれ” の時間をちゃんと持っていて、そんな自分への励ましで泣けるんですよ。人に言われる “がんばれ” ではなくて、自分だって頑張っているよね、という自共鳴だと思います。その「GIFT」をひとりで聴いた時にすごく泣いたという男性からの話を聞いたことがあります。人に見せることができない涙を流すということが、「GIFT」の処方箋ということになっています。これも私の役目なのかなと。
歌の主人公になってもらいたい。思いっきり泣いて、自分を許す旅をして欲しい
―― 心の処方箋という意味合いも含めて、今回のアルバムをどんな人に聴いてもらいたいというのはありますか?
澤田:日常生活を頑張っている人、仕事をひたむきに頑張っている人、そんな人たちが、このアルバムを聴きながら、頑張っている自分を抱きしめる… そんな風に自己肯定を上げられるアルバムになったらいいなと。だから、自分に自信を持てない人に聴いてもらいたいなと思います。
自分の自己肯定が低くて、自分の存在意義をわかっていない人って多いと思うんです。 “私は、こういう人間なのよね” と悟っている人は聴く必要がなくて、“私って何者なんだろう” “誰かの役に立っているだろうか?” と、自分が見えていないような状況の時にこのアルバムを聴いて、歌の主人公になってもらいたい。自分自身もそうだったので。思いっきり泣いて、自分を許す旅をして欲しいです。
そんな時間旅行の中で、あの時自分に “ごめんなさい” と言えなかった自分を許しにいきましょうと。月日は流れているのだから、あの時、大人気なく相手を許せなかった…。そんな自分は頑張ってきた今の自分しか許せないから。そういう自分を許す旅が出来た時にスッと流れた涙は “魂のYES” なんです。悲しいから泣くのではなくて、その瞬間、幸せエネルギーが出て、魂が腑に落ちたから泣けるんです。
人間はすごい治癒能力を持っていて、その能力をグッと上げてくれるのが “音楽” なんです。その音楽の中でメロディを聴いて癒される人もいれば、ビートで癒される人もいる。歌詞を聴いてドラマを感じてカタルシスの世界の中で癒される人もいます。私の歌はそういうドラマだと思います。私の歌の物語が、聴いた人の過去と一瞬でも一致して、それを自分が俯瞰している。そうなって欲しいですね。
―― あくまでも主人公は澤田さんではなくて、聴いている人だと。
澤田:そうなんです。だから私という個性が強すぎると押し付けになってしまうので、引き算、引き算というのがあります。淡々と言葉を乗せていく… それが自分では物足りないと思う時もありますが、そうじゃないんです。歌っている時の自分と、聴き返している時の自分は違うんですよね。聴き返した自分が “いいね!” と思えるところを信じようと思っています。そして最後は自分が泣けるかどうかというところです。自分が泣けるのが大事なバロメーターになっています。
うたぐすり~Best Selection澤田知可子自身がセレクトした全31曲!
発売日:2024年4月3日
価格:3,500円(税込)
「会いたい」のヒットから34年。今も多くの人の心の中で物語として生き続けている名曲を最高の形で聴き手に届けている澤田知可子。年を重ね、歌い続けたカタリベとしての軌跡は、歌に円熟味を増し、多くの人の心を癒し続ける。そして、そんな澤田の魅力が凝縮された「澤田知可子〜うたぐすりBest Selection〜」は、頑張っているすべての人たちの心の処方箋になるだろう。
▶ インタビュー・構成:本田隆
https://reminder.top/monthly-2022-02-sawadachikako/
特集:澤田知可子
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2024.04.13