夏うたを2026年の視点で再編集 vol.18
サマーナイトタウン / モーニング娘。
デビュー2曲目でトップアイドルへ駆け上がったモーニング娘。 女性アイドルの歴史を振り返ると、デビュー2曲目でセールスを倍以上に伸ばし、トップアイドルへ駆け上がった例は極めて少ない。しかし、その数少ない例には、アイドル史に残るビッグネームが並ぶ。山口百恵は「としごろ」から「青い果実」で約3倍、岩崎宏美は「二重唱」から「ロマンス」で6倍以上のセールスを記録した。松田聖子は「裸足の季節」から「青い珊瑚礁」、中森明菜は「スローモーション」から「少女A」と、ともに2曲目で大ブレイクを果たしている。
オーディション番組『ASAYAN』(テレビ東京系)から生まれたモーニング娘。も、そんな存在だった。1998年1月発売のメジャーデビューシングル「モーニングコーヒー」は約20万枚のセールスを記録。これに続く同年5月発売のセカンドシングル「サマーナイトタウン」が倍以上の売上を記録し、人気アイドルとしての地位を確固たるものにした。
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ディスコ歌謡路線へ大きく舵を切った「サマーナイトタウン」 「サマーナイトタウン」は、後のモーニング娘。につながる方向を明確に示した曲だった。デビュー曲の「モーニングコーヒー」は、モーニング娘。の歴代シングルの中でも、もっとも静かな曲の1つである。耳に残る掛け声や、分かりやすい演出上の仕掛けはなく、中澤裕子、石黒彩、飯田圭織、安倍なつみ、福田明日香、5人の歌をきれいに聴かせる範囲に収まっている。振り付けも淡白なものだった。
しかし、デビュー曲に続いてつんく♂が作詞・作曲し、前嶋康明が編曲を担当した「サマーナイトタウン」は、デビュー曲とは異なっていた。ベースラインが細かく動き、シンセとコーラスが次々に重なる。当時流行っていたR&Bに、ファンクの要素も織り交ぜつつ、モーニング娘。の持ち味となるディスコ歌謡路線へ大きく舵を切り、ダンスの要素も強まっていた。
歌詞に目を向けても、「サマーナイトタウン」は異色である。それまで、アイドルのサマーソングといえば、青空、海、砂浜、白い雲…… と、昼間が舞台になることが多かった。これに対し、「サマーナイトタウン」は、タイトルどおり “夏の夜の街” を描いている。花火のような、夏の夜の定番モチーフもない。ミュージックビデオは沖縄で撮影されたが、南国らしい風景はあまり出てこない。代わりに映し出されるのはネオンサインとディスコ風のフロアである。
歌詞の主人公は、恋人にひたすら問いかけ、煩悶する。そこには、嫉妬や執着、欲望を隠さない生々しい感情がある。現在も女性アイドルのサマーソングは作られているが、夏の夜の街を舞台にした曲は、ほとんど見られなくなった。そのため、「サマーナイトタウン」は、いま聴くとかえって新鮮に響く。
未完成でバラバラなメンバー8人を生かした歌割り この曲から、保田圭、矢口真里、市井紗耶香の2期メンバーが加わり、グループは5人から8人に増えた。初期5人の時点で、モーニング娘。は年齢も頭身も声質もバラバラだったが、増員によって、そのバラバラさはいっそう目立つようになった。それこそが新しかった。現在のアイドルグループでは、メンバーカラーなどによって、各人の役割や個性を分かりやすく示すことが多い。このような現在から当時を振り返ると、モーニング娘。はメンバーの違いが整理されないまま表に出ていた。
当時は、まだハロー!プロジェクト(ハロプロ)も結成されておらず、現在のような研修生制度もなかった。今のハロプロは、研修生として歌やダンスの訓練を受けた者や、加入前から何らかの芸能活動を経験している者が登用されることが多い。だが、初期のモーニング娘。は、バラエティ番組『ASAYAN』(1995年〜 / テレビ東京)でのオーディションを経ていたものの、プロとして体系的な育成を受けたメンバーの集まりではなかった。
そこが、2年前にデビューしたSPEEDと大きく違う。沖縄アクターズスクール出身のSPEEDが、デビュー時から高い完成度を見せていたのに対し、初期のモーニング娘。には、まだぎこちなさが残っていた。レギュラー出演していた『ASAYAN』ではメンバーの成長や葛藤そのものが見せ場となった。モーニング娘。は、一種のリアリティショーとしての構造を持っていたのである。
そのリアリティショーの側面を、楽曲の中で際立たせたのが歌割りだった。のちのAKB48や坂道グループは、センターやフロントメンバーを映像と振付で目立たせる一方、歌唱はユニゾンを中心に組み立てる。これに対し、モーニング娘。は短い歌割りを何人にも与えるスタイルを今に至るまで貫いている。大人数の声をまとめて聴かせるのではなく、違う声の連続として聴かせるのである。「サマーナイトタウン」では短いフレーズが矢継ぎ早に受け渡された。以後は、誰が最初に歌うか、誰がサビを任されるか、新メンバーがどこを歌うかが、ファンの関心事になった。
モーニング娘。は、続く同年リリースの「抱いてHOLD ON ME!」で初のオリコン1位を獲得し、その年の暮れには『第49回NHK紅白歌合戦』にも出場している。そこからもう一展開あり、翌1999年9月に3期メンバーの後藤真希を加えた「LOVEマシーン」の大ヒットで、国民的アイドルと呼ばれる存在となった。「サマーナイトタウン」で始まった増員と路線転換は、その後もメンバーを入れ替えながら28年後の今まで新曲を売り続けるモーニング娘。の土台となったのである。
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2026.08.09