30年変わらない「王様のブランチ」の基本スタイル
30年間、土曜日の朝から午後にかけての生放送を継続。今やすっかり土曜の顔として定着したTBSテレビの『王様のブランチ』。前回は、その誕生と草創期について語ってきた。
放送開始は1996年4月。旅、食、エンタメなど、若者のニーズに応える情報を幅広く扱う番組で、4時間半の生放送は前代未聞の大冒険だった。当時のテレビはクイズやトーク番組が中心で、情報番組といえば、スキャンダルや事件を扱うワイドショーが主流。『ブランチ』のような番組は、ほとんどなかったのだ。こうした要素は、30年経った今も『ブランチ』の根幹を成しており、番組開始以来変わらないコンセプトである。
そして今や各局とも、旅、食、街歩き、エンタメ情報は百花繚乱。チャンネルを合わせれば、どこかの局が必ず放送している。まさに『王様のブランチ』は、今につながる情報バラエティ番組のスタイルをいち早く形にしたパイオニアといっていいだろう。
ディズニー特集と女性リポーターが作った情報番組の新しい形
その中でも特に当初から定期的に時間を割いて紹介していたのが、東京ディズニーリゾートである。ゴールデンウィーク、夏休み、ハロウィン、クリスマスなどは必ず特集を組み、新しいアトラクションができればいち早く取り上げ、ショー、パレード、グルメ、イベントなども、そのたびに最新情報を届けた。出演者全員が4時間半パークに滞在し、番組を丸ごとディズニーリゾートから生放送したこともあった。今や各局で当たり前のように放送されているディズニー特集も、ブランチがいち早く力を入れてきた企画のひとつだった。
また、『王様のブランチ』を象徴するスタイルのひとつが、女性リポーターがコンビを組み、街を歩き、食べ歩き、話題の店を紹介し、旅に出るというものだった。キャピキャピ元気な女の子たちが情報を届けるこのスタイルも、その後の情報番組に広く受け継がれていった。
番組初期のリポーターだった、はしのえみも坂下千里子も30年経った今でも第一線で活躍している。彼女たちを含むブランチリポーターは、 “BRAN-KO” というユニットまで結成。CDデビューも果たし、ブランチリポーターは番組の顔になっていった。
はしのえみやLiLiCoを生んだ名物コーナー
番組開始の翌年には、はしのえみを “姫” のキャラクターにした「女王様のお買い物」がスタート。様々な店を訪れ、ブランド物やユニークなグッズ、新製品などを紹介することで、番組にショッピングの要素が加わった。同時に、お姫様の衣装に身を包んだはしののキャラクターも人気を集め、このコーナーは15年以上続いた看板コーナーに成長した。ちなみに、はしのは今でも “姫” の愛称で呼ばれている。
また、映画と本を毎週しっかり紹介するレギュラーコーナーも、ブランチを象徴する存在になった。本のコーナーでは、筑摩書房の編集者・松田哲夫氏がコメンテーターとなり、ソフトな語り口で新刊や話題の本を紹介。番組で紹介したことをきっかけに注目を集め、ベストセラーへとつながった本も数多い。
映画コーナーでは、2001年、当時まだテレビではほとんど知られていなかったLiLiCoが、映画コメンテーターとして登場。トム・クルーズやレオナルド・ディカプリオなど海外スターのインタビューや、話題の映画を独特な語り口で紹介。やがて番組の人気者となり、すっかり売れっ子になった今も、映画コメンテーターを続けている。このコーナーでは『アメリ』『トレインスポッティング』『ムトゥ 踊るマハラジャ』など、数々の話題作を紹介し、スタジオにも日本映画の主演クラスのスターはもちろん、ハリウッドスターも数多く生出演してくれた。
安心感と安定感のある司会で番組を支えてくれた寺脇康文と田中律子
番組の出演者でいえば、まず初代メイン司会の寺脇康文が、同じく劇団スーパー・エキセントリック・シアター(SET)出身の岸谷五朗と “地球ゴージャス” を結成。舞台、映画、ドラマで活躍する俳優だったが、番組では初めての司会に挑戦。その実直な進行が好評で、以降10年間にわたって総合司会を務めた。その一方、司会在任中の2000年には『相棒』で亀山薫役を演じ始め、俳優としてもさらに大きな存在になっていく。
同じく司会の田中律子も、アイドル歌手から、『愛し合ってるかい』『101回目のプロポーズ』などで女優としても売れっ子だったが、寺脇の女房役として、安心感と安定感のある司会で番組を支えてくれた。彼女は現在でもテレビ朝日系のバラエティ番組『路線バスで寄り道の旅』などで活躍中である。
そして脇を固めるのが、関根勤と恵俊彰。関根は『さんまのSUPERからくりTV』などで人気と実力には定評のあるベテランだった。一方、恵は当時、お笑いコンビ・ホンジャマカで人気を博し、まさに赤丸急上昇の存在だった。恵はその後、TBS系情報ワイド番組『ひるおび』の司会を務めることになる。
神田うのから海砂利水魚まで華やかなブランチファミリー
この実力派の2人が番組の両翼をしっかり固め、後に小堺一機、蛭子能収、伊集院光、えなりかずきなどが参加してくれた。女性陣では、当時ファッションリーダーだった神田うのがレギュラーで出演。自由奔放でファッショナブルな彼女の存在も女性視聴者の支持を集め、番組を一層華やかにしてくれた。こうした “ブランチファミリー” ともいえるアットホームなチームワークと雰囲気が、番組を親しみやすく楽しいものに育ててくれたのかもしれない。
また、生中継で各地から様々な情報を届けるリポーターを担当したのが、後に “くりぃむしちゅー” となる、当時 “海砂利水魚” の上田晋也と有田哲平である。まだ、フジテレビ系バラエティ番組『ボキャブラ天国』などで注目を集め始めていた2人が、体当たりで中継先からなんでもやってくれた。当時あった行川アイランドからの中継では、フラミンゴショーの会場から、有田がフラミンゴの群れの中に入って走ったり踊ったり、爆笑のリポートを送ってくれた。今や超売れっ子スターになった2人の若き日の姿である。
このように、今の情報番組につながる様々な企画が生まれ、その後第一線で活躍する出演者たちも数多くこの番組に集っていた。30年経った今も色あせず続いているのはテレビ界の奇跡のひとつかもしれない。基本は30年間変わらない。それでいて、平成から令和へと時代に合わせて変化し、進化し続けている『王様のブランチ』。40周年、50周年を迎えるのも決して夢ではないだろう。
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2026.10.17