2026年 2月11日

お宝満載「昭和レトロ 歌謡秘宝館」神田川前夜に海のトリトンを歌う南こうせつとかぐや姫

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「海のトリトン」など全43作品が一挙に解禁


クラウンレコード(現:日本クラウン)からリリースされた昭和のレアな歌謡曲を復刻するアーカイブ・プロジェクト『昭和歌謡復刻シリーズ』。その第4弾は、水沢有美「学級委員」、須藤リカ / 南こうせつとかぐや姫「海のトリトン」、高村ルナ「天使の朝」など、全43作品が一挙に解禁された。YouTubeチャンネル『昭和レトロ 歌謡秘宝館』では、配信解禁された全楽曲のオフィシャルオーディオ(公式試聴動画)が順次公開されている。

学園ドラマに呼応するような青春歌謡「学級委員」


元祖・妹キャラの水沢有美は、『青春とはなんだ』に始まる日本テレビの青春ドラマシリーズの常連で、美空ひばりが歌った「リンゴ追分」などの作者として知られる作家・作詞家の小沢不二夫を父に持つ歌手・女優。西郷輝彦と一緒に歌う1966年10月の「兄妹の星 / すばらしい兄貴」が歌手デビュー盤となった。ソロでは翌1967年に「学級委員」を出しており、出演していた学園ドラマに呼応するような青春歌謡を歌っている。



1968年には再びデュエット作品「君は四葉のクローバー」をリリース。新たなお相手はやはり青春歌謡歌手の進一彦だった。カップリングの「北アルプスの見える丘」はソロ作品。美しく清楚な歌声が響き渡る。同年のもう1枚、「夕陽にバイバイ / とっても逢いたいの」、1969年の「夜の浜辺で / ほんとは好きよ」は大人への階段を上り始めた純愛歌謡で瑞々しい。クラウンでは計5枚のシングルを出した後、コロムビアへ移籍した。



大人ムードのやさぐれ歌謡「男と女がいるから」


クラウン創立時にデビューし、1968年までに11枚のシングルをリリースした坂芳子が改名して再起を図ったのが柳亜矢である。その変貌ぶりは、当時、少女から大人へと華麗なる変身を遂げてカムバックして話題になった弘田三枝子を追随したものと思われる。大阪万博が開催されていた1970年の8月に「男と女がいるから」で再デビューした。純朴だった坂芳子時代とは180度異なる大人ムードのやさぐれ歌謡だが、ジャズのフィーリングもあってビートが効いている。



カップリングの「夢みる子猫ちゃん」は、同じクラウンに所属していた松平マリ子(元:梅木マリ)がレコーディングしながらも未発表だった「あなたが悪いのよ」の歌詞を変えて改題されたもの。1971年には「よく言われることだけど」「恋愛海岸」をリリース。「恋愛海岸」はカップリングの「はげしい季節」と共に阿久悠が作詞に起用された。1972年の「最終列車」と「有線ブルース」は遠藤実が作曲を手がけた演歌色の濃い作品となっている。1974年には芸名を再び坂芳子に戻して「野菊」をリリースした。



“須藤リカ/南こうせつとかぐや姫” 名義でリリースされた「海のトリトン」


後に “すどう かづみ” の名でレポーターとして活躍する須藤リカは、子役時代から女優としてドラマに出演したり、CMソングも歌っていた。歌手デビュー曲となった「愛の宝石」はまだ14歳の時のレコーディングだった。1972年3月リリースの4枚目のシングル「海のトリトン」は、“須藤リカ/南こうせつとかぐや姫” 名義でリリースされた、手塚治虫原作のアニメ主題歌。かぐや姫は、この1年後に「神田川」を大ヒットさせる。



次のシングルとなった「冷えた世代」は本人も出演した東映映画『恐怖女子高校 女暴力教室』の主題歌で、前作に続いて伊勢正三が作詞している。ほかにもちょっとセクシーな「おしゃべりな唇」や叙情歌の「琵琶湖周航の歌」など様々なタイプの曲を歌い、クラウンでは計6枚のシングルをリリースした。



「真珠になるの / バラ咲くたそがれ」でデビューした西郷輝彦の実姉、市川純子


市川純子はクラウンのエースだった西郷輝彦の実姉で、1968年8月に「真珠になるの / バラ咲くたそがれ」でデビュー。両面とも西郷にも多くの作品を提供していた米山正夫の作曲で、「バラ咲くたそがれ」は作詞も米山によるもの。



4枚目にしてラストシングルとなった1974年の「カトレヤの悩み」は、同じくクラウン所属だった女優・城野ゆきのシングル「経験」のカップリングだった曲のカバー。前作「孤独な洗礼」に続いて「ラブユー東京」で知られるムード歌謡のヒットメーカー中川博之の作曲、古木花江のペンネームで星野哲郎が作詞を手がけている。チェンバロが多用されたアレンジは小杉仁三によるもの。このほかにPR盤として作られた「涙の台北空港 / 龍門音頭」がある。



若き日の五木寛之が作詞した「二人の影をふまないで」


1966年、僅か2枚のシングルリリースに終わった田中真規子。デビュー曲「素敵な片想い」にカップリングされた「二人の影をふまないで」は “のぶひろし” 名義で若き日の五木寛之が作詞している。2枚目の「ラブ・ムーン(LOVE MOON)」のカップリング曲「涙のランチェリータ(少女)」は後に演歌の大御所となる吉岡治の作詞で、いずれも三木鶏郎人脈である。



1960年代はほかにも妖艶な「魔女のブルース」を歌った泉京子や、やはりセクシー歌謡の部類に属する佐野ひろ子「ゆるしてあげない」。桜井浩子、中川ゆきと共に、東宝スリーチャッピーズの一翼を担った南弘子の「夜霧の青山通り」などお宝満載。1969年に「白鳥の星座 / ボンゴとコンガ」を出したザ・スノー・ホワイトは、少女2人のコンビによるユニットだった。コンビ作では1970年のザ・ツイン「フルール・ダムール」も極めてレア。



クラウン昭和ガールズ歌謡の層の厚さ


1970年代のラインナップはほかにも波純子、青沙れみ、あきひろみ、小沢リリに吉井亜樹子と多彩。“クラウン昭和ガールズ歌謡” の層の厚さが窺える。日本にパンダがやって来た1972年に「わたしのパンダ」を出したチャッピーズは、翌1973年にも「怪獣パラドン」と、ノベルティソングを担当した。



セクシー系では中古盤に高プレミアがつくプッシーズ「見えた見えたよ / 肌色の歌」がマニア界隈では有名な1枚だろう。高村ルナは、ゴールデンハーフの元メンバー。1975年12月リリースの「天使の朝」は、翌1976年に公開された主演映画『修道女ルナの告白』(日活)の主題歌となった。同年には『新女囚さそり701号』『ルナの告白 私に群がった男たち』にも出演して男性ファンを魅了した。


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2026.06.04
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カタリベ
1965年生まれ
鈴木啓之
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