1998年 12月9日

【Y2Kリバイバル】宇多田ヒカル「Automatic」日本の音楽シーンを更新した1998年の衝撃

26
0
 
 この日何の日? 
宇多田ヒカルのシングル「Automatic / time will tell」発売日
この時あなたは
0歳
無料登録/ログインすると、この時あなたが何歳だったかを表示させる機能がお使いいただけます
▶ アーティスト一覧

 
 1998年のコラム 
【夏の甲子園】で忘れられない一戦は?延長17回の死闘「横浜 vs PL」は強豪同士の頭脳戦!

2026年を感じながら聴く【1990年代ロック名盤ベスト10】懐かしむより、超えていけ!

伝説のキャンペーン【Think different】スティーブ・ジョブズの復帰とアップル劇的復活!

平成ぎゃるそん ④ ひとりぼっちの鈴木あみ!時代の狭間に登場した小室ブーム最後の覇者

映画「踊る大捜査線 THE MOVIE」事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きてんだ!

宇多田ヒカルのデビューシングル「Automatic」天才の降臨で時代は次のステージへ!

もっとみる≫




【Y2Kリバイバル】Automatic / 宇多田ヒカル

日本の音楽シーンが大きく変わった1998年、宇多田ヒカルデビュー


Y2Kという言葉はもともと、1999年から2000年への切り替わりで懸念されたコンピューターのシステム障害を指していた。今では、1990年代後半から2000年代に流行したファッションやカルチャー全般を指す言葉として、Z世代を中心に再びブームになっている。リアルタイム世代にとっては “2000年問題” という名称のほうがしっくりくるが、それ以上にミレニアムという1000年に一度の節目に向けて、世の中がお祭り騒ぎになっていた記憶が強く残っている。

そんな時期に、まさに彗星のように現れたのが宇多田ヒカルだった。彼女がデビューした1998年は、日本の音楽シーンが大きく変わった年でもある。2月21日にはMISIA、4月8日には浜崎あゆみ、5月27日には椎名林檎、7月17日にはaikoがそれぞれメジャーデビューを果たしている。彼女たちのアルバムはいずれもミリオンセラーとなり、その後四半世紀にわたってトップアーティストとして活躍しているのは、ある意味で驚異的だ。

「Automatic」を聴いた瞬間の大きな衝撃


当時、筆者は外資系CDショップに勤務していたのだが、忘れられないエピソードがある。1998年9月20日、椎名林檎がシングル「歌舞伎町の女王」の発売を記念したインストアイベントを開催した。「歌舞伎町の女王」はオリコンチャートで最高50位と、椎名林檎が大ブレイクする前の時期だった。それでも、流行に敏感な若い音楽ファンでイベントスペースは大いに盛り上がっていた。

イベント終了後にレコード会社の担当者から “何の先入観も持たずに聴いてください” と1枚のCD-Rを手渡された。新人の音源を聴いて意見交換をしたり、初回の仕入れ枚数を決めることも、自分の大事な仕事のひとつなのだが、その1曲目にはデビューシングルに収められることになる「time will tell」、2曲目には「Automatic」が収録されていた。そこで「Automatic」を聴いた瞬間、雷に打たれたような衝撃を受けたことを覚えている。その感覚は、大げさではなく、後にも先にも初めての体験だった。椎名林檎のインストアの日に宇多田ヒカルを知るという、ミラクルを強く感じた1日だったのだ。



宇多田ヒカルがCubic U名義でリリースした「Precious」


宇多田ヒカルの衝撃は自分だけにとどまらなかった。すでに音楽関係者や敏感なリスナーからも注目されていた。調べてみると、彼女はまだ15歳で、ニューヨークで育ったバイリンガル。英語が堪能で、藤圭子の娘であることはまだ公表されていなかった。

そしてなんと14歳の時に、全曲英語のアルバムをリリースしていたという。そのアルバムは、Cubic U名義で『Precious』として発売され、帯には《レニー・クラヴィッツ絶賛、キュービック・ユー待望のデビュー》と書かれていた。早速100枚仕入れて販売したところ、瞬く間に売り切れてしまった。オリジナルジャケットは約2,000枚しか流通せず、1999年にジャケットを変えて再発売され、大ヒットとなっている。

洋楽的な感覚が色濃く反映されていた「Automatic 」


そして満を持して発売されたデビューシングル「Automatic / time will tell」は、1998年12月9日にリリースされた。8cmCDとマキシシングルの2形態で同時発売され、合計で200万枚以上を売り上げる特大のメガヒットになっている。

彼女の音楽は、それまでの日本人の常識を超えていた。出だしの「♪ な・なかいめ」の譜割は、当時のJ-POPにはなかったものだった。そもそも彼女は英語で歌詞を書き、日本語を当てはめるスタイルで制作していたため、洋楽的な感覚が色濃く反映されていた。その後の彼女の活躍は社会現象となり、1999年3月10日に発売されたファーストアルバム『First Love』は累計800万枚近くを売り上げ、今後も破られることはないだろう。



日本の枠を超えた存在となった宇多田ヒカル


デビュー25周年イヤーとなる2024年には、初のベストアルバム『SCIENCE FICTION』をリリース。そこには2010年以前の音源が全て再録、またはリミックスされており、この「Automatic」も “2024 Mix” として収録されている。四半世紀を経て新たな感覚で聴く「Automatic」は、また新たな感動を与えてくれた。

そして今も、宇多田ヒカルは新しい世代のファンを次々と惹きつけている。デビュー当時を知らない後追いのリスナー、たとえば『新世紀エヴァンゲリオン劇場版:序』の主題歌「Beautiful World」や、人気ゲーム『キングダム ハーツ』のテーマソング「Simple and Clean」をきっかけに、過去の名曲に遡ってファンになる人も少なくない。

今では世界を舞台に活躍し、日本の枠を超えた存在となった宇多田ヒカル。あのデビュー曲「Automatic / time will tell」で受けた衝撃や輝きは、今も色褪せていない。イントロの1音目を聴くだけで、あのとき胸がドキドキしたワクワク感が、そのままよみがえるのだ。

▶宇多田ヒカルのコラム一覧はこちら!



2026.02.23
26
  Songlink
 

Information
あなた
Re:mindボタンをクリックするとあなたのボイス(コメント)がサイト内でシェアされマイ年表に保存されます。
カタリベ
1967年生まれ
長井英治
コラムリスト≫
32
2
0
2
4
安室奈美恵だけじゃない!ジャネット・ジャクソンが【90年代 J-POP】に与えた多大なる影響
カタリベ / 馬飼野 元宏
40
1
9
9
8
宇多田ヒカルのデビューシングル「Automatic」天才の降臨で時代は次のステージへ!
カタリベ / 指南役
26
1
9
8
4
UKインディシーンに舞い降りた天使の歌声~コクトー・ツインズ
カタリベ / DR.ENO