1965年 7月

世界初の雑誌「還暦維新」編集長が選ぶ!未来に残したい60年生き抜いたエモい名曲たち

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 1965年のコラム 
ユダヤ系アーティストの代表曲はこれだ!全世界に計り知れない影響力を持つ “流浪の民”

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「還暦維新」は60歳になった同世代へとメッセージ


昭和40年に生まれた。これを幸せだと心底思っている。人の数だけそれぞれの生まれ年があり、きっと同様に幸福だろう。が、昭和40年以外に生まれたことがないのだから、他はわからん。そして、この幸福感があまりにも強いため、タメ年男たちに向けた専門雑誌まで立ち上げた経歴がある。さらに、60歳になった同世代へメッセージを送りたく、『還暦維新』(モーターマガジン社)なる雑誌まで立ち上げてしまったのだから始末が悪い。

そんな、昭和40年に生まれた男がふと思いついた。この年の楽曲について深く突っ込んだことがないなと。そこで、タメ年にあたる昭和40年4月から昭和41年3月にリリースされた楽曲から、還暦を迎えた今の心に訴えかけてくるという視点に立ち、60年前のベストソングを選抜することにした。『還暦維新』の創刊を記念した、ささやかながらも文化事業である。厳選の5曲に絞り込むことを自分に課して、さんざん悩み抜いた結果だ。

20歳そこそこのミック・ジャガーとキース・リチャーズが紡いだ超絶の奇跡


サティスファクション / ローリング・ストーンズ
20歳そこそこのクソガキだった、ミック・ジャガーとキース・リチャーズが紡いだ歌詞は戦慄レベルだ。時は流れて2024年の全米ツアーにて、80歳を超えたミックがこの言葉を撒き散らした。これが事実として現代に横たわっていることは、超絶の奇跡である。かつての誰もが想像すらしなかっただろう。

1970年代後半、パンクムーブメントや新しい音楽カテゴリーが乱立の渦中で、自分はローリング・ストーンズに終わりを感じた。1980年代に突入してなお、新しさや刺激を求めていた当時、まるで復活を遂げたかのように大人たちが吹聴した「スタート・ミー・アップ」にも心躍らなかった。リアルタイムでは知らない、後追いで知った1960年代のローリング・ストーンズの魅力には程遠く感じたのだ。だが、これが誤解だったことに気づいたことこそ、人間としての成長だ。そして、ストーンズは真実なのだと知ることになった。還暦からの人生こそは「♪I can't get no satisfaction」で生きるべきなのだと、拳を天に突き上げている hey hey hey。



60年の時を経て感じる越路吹雪の特異な存在


ろくでなし / 越路吹雪
戦前より宝塚に所属していた越路吹雪は、戦後にソロシンガーとしてもデビューして、戦後復興期から発展期をスターとして駆け抜けた。シャンソンの女王と呼ばれ、宝塚出身と相まって多くの女性ファンを獲得した。日本歌謡史においてこれほどの個性を放った特異な存在はおるまい。

昭和35年の「愛の讃歌」、翌年の「ラストダンスは私に」、昭和39年の「サン・トワ・マミー」と名曲を次々にリリースして迎えた昭和40年に発表したのが「ろくでなし」だ。これら全て作詞(訳詞)は岩谷時子で、宝塚時代からのマネージャーであり奔放な越路を支え続けた盟友だ。この曲で越路は歌詞のままに、恋人に捨てられた札付きのろくでなしを演じる。彼女の存在を特異なものと称したが、60年の時を経てそれを強く感じさせてくれる快作である。



加山雄三を象徴する看板曲「君といつまでも」


君といつまでも / 加山雄三
「♪幸せだなあ」から始まるセリフが、「♪いいだろう」で締まるこの世界は、彼にしか演じられない。加山雄三を象徴する看板曲である。そしてもうひとつ、加山雄三といえば若大将だ。昭和40年作品は『エレキの若大将』で、「君といつまでも」が主題歌だ。つまり昭和40年は、今に続く加山雄三が完成した年になるのだ。だが実は、前年の東京オリンピックのリバウンドと株価低迷などが相まって、日本社会は暗かった年。そんな時代に、加山雄三・若大将は太陽だったことだろう。

今あらためて「君といつまでも」を聞くと、純朴な心を大切に、いつまでも持ち続けるべきだとハッとさせられた。これこそ、還暦に至った境地ともいえるではないか。そんな耐久性がある言葉を紡いだのは、「ろくでなし」を書いた岩谷時子なのだ。多くの歌手に血の通ったぬくもりある言葉を提供している。



昭和200年へと伝えるのにふさわしい「ヨイトマケの唄」


ヨイトマケの唄 / 美輪明宏
『NHK紅白歌合戦』の数ある名シーンの中でも5本指に入る。2012年のことだった。美輪明宏が「ヨイトマケの唄」を叫んだ。歌唱を終えてしばしポカンとしてから想像してみた。日本中でどれだけのお茶の間が凍りついたことだろうかと。もちろん我が家もそうだった。美輪自身が作詞・作曲して、昭和40年にリリースされた。当然ながらリアルタイムでは知らず、それどころかこの曲を知ったのはずいぶん時を経ていたし、美輪明宏の歌唱で直視したのは前述した『紅白』だった。

現在『昭和100周年祭』なるプロジェクトを主宰していて、昭和200年まで残したい「昭和のうた ザ・ベスト100」を投票形式で募集・開催している。「ヨイトマケの唄」こそ、昭和200年へと伝えるのにふさわしい。日本の原風景であり、忘れてはならない心がある。そして強い願いが生じた。「ヨイトマケの唄」によって、誰もが感情うごめく未来ジャパンであれと。



時空を超え、未来永劫なんて言葉をはめたくなるボブ・ディランの名曲


ライク・ア・ローリング・ストーン / ボブ・ディラン
ボブ・ディランが好きだ。ストーンズと並び、人生レベルで影響を受けた。その2つの巨星から、ただ単に好きな曲でなく、彼らにとって最重要、かつ、心に突き刺さっている1曲を選べ。そんな意地悪なことを言われたらどうする? 昭和40年リリースの「サティスファクション」と「ライク・ア・ローリング・ストーン」と、数多ある名曲を押しのけ、しかたなく答えることにする。

洋楽シーンにおいて極めて重要な彼らが、最重要曲のリリースでタイミングが重なったことには、何かしらのカギが潜んでいるように思えてならない。これを追求しようと試みたら、膨大な時間と原稿用紙を使うことになるから本稿では避けるが、おもしろい題材を見つけたとニヤついている。昭和40年に生まれた男の運命なのかなとも。言わずもがな、「サティスファクション」同様に言葉の曲だ。受け止めて受け止めて、還暦を迎えてもなお思考と精神を刺激してくれる。時空を超え、未来永劫なんて言葉をはめたくなる。



昭和40年にはまだまだ多くの名曲が潜んでいる。だが『還暦維新』を創刊させた還暦男が今堂々と、この5曲こそが現在、そして未来においても重要な意味を持つ曲だと胸を張る。そしてやはり、昭和40年に生まれてきて “幸せだなあ” 。


Information


世界初となる還暦の専門誌『還暦維新』が、3月31日に全国書店、ネット書店にて発売!
▶ 発行:モーターマガジン社
▶ A4変型判、148ページ
▶ 定価:1,479.5 円(税込)

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2026.04.24
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カタリベ
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