2000年 8月9日

鬼束ちひろの不思議な浄化作用!Y2Kを象徴する曲「月光」救いでも励ましでも癒しでもない?

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【Y2Kリバイバル】vol.4 〜 鬼束ちひろ「月光」

鬼束ちひろ「月光」の美しい言葉とメロディー


無事に2025年が終わり、2026年がやってきた――。新しい年がやってくる。それは当たり前のようで、当たり前じゃないんだなあと思うようになったのは、多分2000年からだ。

思い出す。1,000年に1度という歴史的瞬間に立ち合った驚き。その歴史的瞬間は、決してワクワクするだけではなかった。戸惑い、孤独、混沌。なぜ、そんなものが記念すべきミレニアム突入前にくっついてきたのか。説明は後にして、そんなY2Kを象徴するような楽曲が、鬼束ちひろの「月光」である。この歌を初めて聴いた時の衝撃!心に隕石が落っこちてきたくらいのインパクトだった。出だしは「♪ I am GOD’S CHILD」(私は神の子)。しかも、その後に続く歌詞は「♪この腐敗した世界に堕とされた」である。

鬼束ちひろは2020年、NHKの音楽番組『SONGS』に出演した際、この「月光」のヒットを振り返り、この「I am GOD’S CHILD」と書いたことについて、自分に自信がなかった、居場所がわからなかったゆえの表現だと話していた。多分2000年は、彼女だけでなく、世界中が “居場所がなかった” 時代だったのではなかろうか。世界中の “なぜ私は生まれてきたのだろう” という答えのない問いかけを彼女が吸い、美しい言葉とメロディーに変えて吐き出したような感じすらあった。

世界の終わりと21世紀の狭間


さて、2000年はなぜそんな混沌とした時代だったのか。1990年初頭、日本はバブルが崩壊し景気が低迷。災害やカルト集団による騒動も多発し、1990年に勃発した湾岸戦争も暗い影を落としていた。日本は、いや、世界はこれからどうなる? 『ノストラダムスの大予言』の1999年地球滅亡がリアルに感じるほど、不穏な空気が漂っていたのである。そしてエンタメは、その時代の空気を吸って広がっていく。アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』(1995年)、ドラマでは、堤幸彦が演出を手掛けた日本テレビ系ドラマ『ぼくらの勇気 未満都市』(1997年)が大ヒットするなど、終末エンタメが花盛りとなったのである。

しかし、言わずもがなであるが、1999年は無事終わり、2000年はちゃんとやってきた。ただ、重たい空気は変わらないまま。そんな20世紀に対する消化不良と未来への不安を乗せてITが進化していく。携帯電話普及率が固定電話を抜き、Googleが日本語による検索サービスを開始。『2ちゃんねる』といった匿名掲示板に大勢の人が集い、2036年からやってきたタイムトラベラーを自称する “ジョン・タイター” なる人物までやってきた。

終末におびえた1999年が終わり、2001年、21世紀の幕が明けるまでの “2000年" は時代の裂け目、文化の谷間でもあった。確かに多くの人の心の中で、何か1つの世界が終わったのかもしれない。そんなとき、超常現象をテーマにしたテレビ朝日系ドラマ『TRICK』の主題歌になり、ロングヒットとなったのが、鬼束ちひろの「月光」だったのだ。



月の光を思わせる静かな輝き


「月光」は 「♪腐敗した世界」とか「♪不愉快に冷たい壁」など、とにかく絶望的なワードが連なる。ピアノの響きも美しすぎて、聴き心地の重さはヘビー級だ。なのに私はこの歌のおかげで、閉塞感に風穴があき “許される” 感覚を抱いた。ミュージックビデオで大きな口を開けて一言一言歌う鬼束ちひろを見ると、絶望を嚙み砕き、エネルギーに変えているようにも見えた。

とにかく、テクニック以上の、見えざる不思議な存在に突き動かされているようだった。そしてタイトル。歌詞には月が出てこないし、夜の景色を歌っているわけでもない。けれど、「月光」という言葉がものすごくしっくりするのだ。

鬼束ちひろがもともとつけていたタイトルは「GODS CHILD」だったそうだ。それが、『TRICK』のエンディングテーマに決まり、日本語のタイトルに変更してほしいというオファーが来た。そこで彼女が最初に出した案は「聖痕」。それが不採用になり、次に出したのが「月光」だったという。鬼束ちひろ本人がどんな思いで「月光」を提案したのかは定かではないけれど、きっと多くの人がこの歌に「月の光」を思わせる静かな輝きを感じたはずだ。

鬼束ちひろは2020年にタワーレコードが運営する音楽ガイドメディア『Mikiki』のインタビューでこう語っている。

「何かをしたい、とか “こうあるべき” というメッセージはまったくなくて。ただ “想ってる” ということですね。その感覚はずっと変わってないです」


確かに2000年に初めて聴いたときから、私にとって「月光」という楽曲は救いでもなく、励ましでもない。当時 “癒し” という言葉が流行したが、それでもなかった。終わるはずの世界にまだいる妙な取り残され感と孤独、居場所のなさをひたすら歌ったこの曲がくれたのは、不思議な浄化作用だ。

鬼束ちひろの「月光」は、ずっと静かに淡く光り続けている。心が暗くなった時、月光がふんわりと夜空に浮かび上がるように、私はこの曲を思い出す。そして引き寄せられるようにその光の下に行き、苛立ちを一緒に溶かすのだ。25年経ち、新たな年を迎えた今もこの歌に浄化されている。


2026.01.04
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カタリベ
1969年生まれ
田中稲
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80年代が生んだ奇妙な果実、今も影響を与え続ける戸川純の現在進行形
カタリベ /  白石・しゅーげ