2025年 9月10日

1980年代アイドルのトップランナー!歌手・斉藤由貴が果たした5つの偉業

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斉藤由貴のBlu-ray、DVD、CD「40th Anniversary Tour “水辺の扉”~Single Best Collection~」発売日
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1980年代は多くの女性アイドルがデビューし、商業的に成功した人もとりわけ多かった。そのなかでトップランナー的存在だった斉藤由貴は、俳優として豊富な実績を重ねつつ、歌手として今なお高い人気を保ちながら、数多くの功績を積み重ねている。ここでは、歌手・斉藤由貴が成し遂げた5つの偉業についてまとめてみたい。

【偉業1】松田聖子、中森明菜もできなかったデビュー曲のトップ10入り


1980年代前期まで、女性アイドルが、デビュー曲でのトップ10入りを果たすことは容易ではなかった。松田聖子、河合奈保子、小泉今日子、中森明菜といった後世に名を残すトップアイドルたちも達成できなかった。だが、斉藤由貴はそれを成し遂げている。

1985年2月21日に発売されたデビュー曲「卒業」は、本人出演の “青春という名のラーメン” のCM効果もあり、じわじわと売上を伸ばしていく。そして、オリコン週間チャートで最高6位を記録。年間チャートでも34位にランクイン。1985年にデビューした女性アイドルの同年リリースのシングルのなかで、「卒業」のセールスはトップだった。社会現象を巻き起こしたおニャン子クラブの「セーラー服を脱がさないで」よりも売れていたのである。

もっとも、1985年春の時点で、デビュー曲がトップ10入りを果たした80年代女性アイドルが全くいなかったわけではない。ただ斉藤由貴は、セカンドシングル「白い炎」以降もヒットを重ねていった。


【偉業2】​​デビュー曲から12作連続トップ10入りを達成


デビュー曲「卒業」を歴史に残る代表曲とした斉藤由貴は、それをピークに終わらせなかった。 まず、「悲しみよこんにちは」(1986年)は、アニメとCMのダブルタイアップによって知名度を広げ、「卒業」を上回る数字を残している。

そしてデビューから4年後、1989年にリリースした「夢の中へ」は、さらに大きなヒットとなる。井上陽水の楽曲をユーロビート風にアレンジしたこの曲は40万枚を超えるセールスを記録し、自身最大のヒット曲となっている。「卒業」からヒットチャート上位に送り込んだシングルは12作。1980年代のうちにデビュー曲から12作連続トップ10入りを達成した80年代女性アイドルは、薬師丸ひろ子と斉藤由貴だけである(企画盤をのぞく)。



【偉業3】現役アイドルとして朝ドラ主演&紅白には司会、そして歌手としても出場


松下奈緒、井上真央、堀北真希、吉高由里子、有村架純、二階堂ふみ、橋本環奈、浜辺美波、伊藤沙莉―― 2010年代以降の『NHK紅白歌合戦』では、その年の『連続テレビ小説』の主演級出演者が司会に起用されるケースが目立つ。この流れの原点にいるのが、斉藤由貴である。

斉藤由貴はデビュー2年目の1986年、超多忙なトップアイドル業を続けながら、『連続テレビ小説 はね駒』に主演。どれほど過酷な毎日だったかは分からないが、『はね駒』は高視聴率を記録した。その流れで、大晦日には『紅白歌合戦』の司会(紅組キャプテン)に抜擢された。この時代、紅組の司会は黒柳徹子や森光子が務めることが多く、アイドルの起用は異例だった。

それだけではない。斉藤由貴は、2010年代以降の女性司会者たちが成し得ていない偉業を達成している。司会だけではなく、紅組の歌手としても選出され、ヒット曲「悲しみよこんにちは」を笑顔で歌唱したのだ。朝ドラ主演・紅白司会を果たしたアイドルには石田ひかりがいるが、同時に歌手としても出場したのは斉藤由貴ただひとりである。

【偉業4】アルバムアーティストとしての積極的な活動


1980年代アイドルが意欲的なアルバム制作をしていたことは、今日、主にシティポップの文脈で再評価の対象になっている。斉藤由貴はそのなかでも、松本隆、武部聡志、亀井登志夫、銀色夏生、玉置浩二、来生たかお、谷山浩子、崎谷健次郎、飯島真理、原由子など、多彩なクリエイターの力を借りながら、コンセプトが明確なアルバムを次々と制作していった。

1985年6月にリリースされたデビューアルバム『AXIA』は、本人の持つ文学的な要素を大切にしつつ、夏のイメージや哀愁を感じさせる曲がミックスされ、1本の映画を観るようなストーリー性を備えていた。セカンドアルバム『ガラスの鼓動』(1986年)以降は本人も作詞家として参加することになる。

その後、全曲本人作詞のア・カペラ録音によるミニアルバム『ripple』(1987年)、収録曲のタイトルに “5W1H” が含まれるクリスマス企画盤『TO YOU』(1988年)、ユーロビート系の曲も取り入れた挑んだ『âge』(1989年)など、シングルA面未収録曲で構成された作品を連発。続く『MOON』(1990年)では、プロデューサーとしても名を連ね、ここでも全曲の作詞を担当した。これらのアルバム群は、時代を超えて作品単位で再評価され続けている。



【偉業5】大規模な40周年ライブツアーの成功


2020年代、有名無名を問わず1980年代にデビューした女性アイドルたちが続々と40周年ライブを行っている。小さなライブハウスでの公演や同期とのジョイント企画であっても、若き日にアイドルとしてデビューした人が40年後に再びファンの前で歌うことができるのは素晴らしいことである。

そのなかで斉藤由貴は、トップクラスの規模で40周年ライブツアー『40th Anniversary Tour “水辺の扉”〜Single Best Collection〜』を開催した。 デビュー記念日の2月21日、地元横浜の神奈川県民ホールから始まったこのツアーは、仙台、東京、愛知、大阪、神戸、福岡と続き、さらに追加公演として3月23日に東京・昭和女子大学人見記念講堂で締めくくられた。タイトルどおりシングル曲を網羅する内容で全公演のチケットは早々にソールドアウト。これが歌手・斉藤由貴が果たした最新の偉業だろう。

なお、この40周年ツアーの追加公演ファイナルの東京 昭和女子大学人見記念講堂の模様を収録したBlu-ray、DVD、さらに音源を収めたCDが、59回目の誕生日である2025年9月10日にリリースされた。

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