ボーカルが年々進化している松本伊代 伊代さんの声はオシャレな曲との相性がいいんです。しかもボーカルが年々進化していますから、今回はその歌声を生かせるシティポップ系の楽曲にスポットを当てた構成にしました。
そう語るのは作編曲家の船山基紀である。松本伊代のデビュー時から楽曲制作に関わり、名盤の呼び声高いアルバム『天使のバカ』(1986年)と『風のように』(1987年)の全曲をアレンジした船山は、デビュー40周年アルバム『トレジャー・ヴォイス』(2021年)で久しぶりに編曲を担当。以後、ソロライブの音楽監督としてアレンジと構成、ミュージシャンのキャスティングなどを統轄している。
筒美京平作品の編曲を最も多く手がけたことでも知られる船山は2021年に開催された『ザ・ヒット・ソング・メーカー 筒美京平の世界 in コンサート』で音楽監督と指揮を務めたが、そのトリビュートコンサートで松本と再会。デビュー曲「センチメンタル・ジャーニー」以降、あまたの楽曲を提供した筒美と同様、松本の声に惚れ込み、音楽活動をバックアップしている。
大手町三井ホールで開催された「松本伊代LIVE 2024 “Journey” Tokyo Lover」 一方の松本はデビュー40周年を機に歌手としての活動を再び本格化。それまでは5年に1度のペースだった単独ライブを毎年開催し、ジョイントライブやフェスにも積極的に参加している。昨年は本田美奈子.のメモリアルコンサート、Night Tempoをホストとする日比谷野外音楽堂の100周年イベント、林哲司のトリビュートコンサート、夫のヒロミがアンバサダーを務める八王子のフェスに立て続けに出演。今年は新曲2曲をリリースし、キューティー☆モリモリ(早見優、森口博子とのユニット)としてのコンサートに加え各種イベントのステージにも立つなど、歌手として大車輪の活躍を見せている。
今回の単独ライブ『松本伊代 LIVE 2024 “Journey” Tokyo Lover』は10月12日(土)と13日(日)に東京の大手町三井ホールで開催された。公演名の “Tokyo Lover” はNight Tempoとコラボした新曲「Tokyo Love」(作詞:松本伊代、作曲・プロデュース:Night Tempo)に由来している。
“せーのー!伊代ちゃーん” ――
ピンクの法被を着こんだ親衛隊のコールがこだまするなか、コンサートは「Private fileは開けたままで…」で開幕した。Night Tempoがリエディットしたことで再注目された同曲はサブスクで人気を集めるシティポップで、2022年に復刻された10枚目のアルバム『Private File』(1989年)に初収録。当時のディレクターで、のちに荻野目洋子、SMAP、関ジャニ∞(現:SUPER EIGHT)などを手がける音楽プロデューサーの野澤孝智は筆者のインタビューにこう答えている。
「同世代の女性リスナー、特にOLを意識して作ったアルバムです。彼女はとにかく声がいい。僕らはスタジオでナマの声を聴くわけじゃないですか。それが抜群にいいんです。今までいろんな方の歌を録ってきましたが、女性ボーカルでは岩崎宏美さんと双璧です。一般的には鼻声のイメージなんだろうけど、表現力が豊かだし説得力もある。しかもすごく器用。人によっては最初に歌ったときの到達点が10点くらいの場合もあるけど、彼女は1回目で成立するくらい到達点が高い。あとは微修正するくらいで済んじゃうんです。だからレコーディングには全く苦労しませんでした」
(2009年『SWEET 16 BOX』ライナーノーツより抜粋)
筆者自身、2009年に尾崎亜美から提供された「私の声を聞いて」のレコーディングに立ち会ったとき、身をもって野澤の言葉の意味を実感した。音大の声楽科出身の野澤は近年GONZO名義でアーティスト活動を展開しているが、玄人をも魅了する魔力を松本の声は備えているのだろう。
東京は今の私を作ってくれた大切な場所 都会で働く女性を描いた楽曲でオープニングを飾った松本は続けて「ビリーヴ」を歌唱。マイナーアップテンポのヒット曲で総立ちの観客をいっそう盛り上げ、最初のMCでは3年連続となる今年の単独ライブに懸ける想いを語った。
「東京は今の私を作ってくれた大切な場所。今回はその想いを曲に乗せたライブにしたくて “Tokyo Lover” と付けました」
ゆかりのある東京の各所で撮影したフォトブックを制作し、会場ロビーにもパネルを展示した松本は “今日は一緒の時間を思いきり楽しみましょう!” と呼びかけ、シングル曲をメドレーで披露。初日は「チャイニーズ・キッス」~「太陽がいっぱい」~「Kiss In The Dream」(抱きしめたい カップリング曲)~「抱きしめたい」の4曲を、2日目は「すてきなジェラシー」~「ラブ・ミー・テンダー」~「あなたに帰りたい(Dancing' In The Heart)」の3曲をノリノリで歌い、変わらぬアイドルオーラを振りまいた。
事前にインスタグラムで振付動画が公開された「Kiss In The Dream」と「あなたに帰りたい」を全員で踊る景色は壮観で、80年代にタイムスリップしたよう。初日は初期の作詞を手がけた湯川れい子が、2日目は「ビリーヴ」「あなたに帰りたい」などの詞を提供した売野雅勇が来場していたが、可愛らしさはそのままに、厚みのあるバンドサウンドと調和したボーカルを堪能した様子だった。
ライブ中盤でシティポップのコーナーに突入 “花の82年組” の1人として、初期のアイドルイメージで見られがちな松本伊代だが、20代で発表した楽曲には林哲司、小西康陽、大江千里、崎谷健次郎、泰葉、小林明子など、近年のシティポップブームで脚光を浴びているソングライターが多数参加。音楽性の高さが改めて評価され、この2年間でアルバム3作が再発されるほどの人気を博している。
ライブ中盤ではその3作から1曲ずつセレクトしたシティポップのコーナーに突入。色とりどりのペンライトが振られるなか、『Private File』からは松本自身が大好きなピチカート・ファイヴの小西康陽から提供された「有給休暇」を、『サムシング I・Y・O』(1982年)からはライブの定番曲となりつつある「バージニア・ラプソディ」を、『風のように』からはシティポップの旗手・林哲司が書き下ろした「Too Late Too Young」を歌い喝采を浴びた。
2日とも満席となった会場にはアイドル時代からの男性ファンに加えて、10代、20代と思しき若者や女性、さらに台湾など海外からの観客も詰めかけた。デビュー30周年を機に再結成された親衛隊(活動再開時の名称は “応援隊”)も増員中で、本公演後に5名が加入したという。それはサブスクやYouTubeを通じて松本の音楽性に惹かれた国内外のリスナーがライブにも足を運び、そのパフォーマンスに魅了されていることの証しと言えよう。
お気に入りの韓国ドラマの女優の衣装にヒントを得たという、黒のミニドレスに着替えた松本は息もぴったりなバンドメンバーを紹介。船山が全幅の信頼を寄せる実力派ミュージシャンの演奏が音楽ファンを唸らせるステージを支えていることは言うまでもない。
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ジャジーなアレンジとマッチした深みを増した艶のあるボーカル 今回の公演でも3年連続となる増崎孝司(ギター / バンドマスタ-)、安部潤(キーボード)、AMAZONSの吉川智子、斉藤久美、大滝裕子(コーラス)、ルイス・バジェ(トランペット / 13日のみ)、アンディ・ウルフ(サックス / 13日のみ)のほか、江口信夫(ドラムス)、川崎哲平(ベース)、竹内悠馬(トランペット / 12日のみ)、グスターボ・アナクレート(サックス / 12日のみ)の精鋭が参加した。
「今の伊代さんの声に合うオシャレな歌を中心に、1つのショーとして流れのある構成にしたい」
そう考えた船山はカバー曲も含めた素案を作成し、そこから松本と2人で絞り込んでいったという。衣装替えのあとに演奏された「ウイスキーが、お好きでしょ」(オリジナル:石川さゆり)と「くれないホテル」(オリジナル:西田佐知子 / アルバム『トレジャー・ヴォイス』でもカバー)はそのコンセプトを具現化した選曲と言えるだろう。
歌う松本にとっては挑戦だったようだが、深みを増した艶のあるボーカルはジャジーなアレンジとマッチして新たな魅力を訴求し、歌手としての進化と深化を知らしめた。新しい取り組みはなおも続き、MCのあとは21歳のときに “作詞:川村真澄、作曲:林哲司、編曲:船山基紀” の座組で脱アイドルを果たした “恋愛三部作” である「信じかたを教えて」「サヨナラは私のために」「思い出をきれいにしないで」をメドレーで披露。船山が新たにアレンジしたバラード3曲でオーディエンスを恋愛映画の世界へといざなった。
松本伊代の代名詞とも言える「センチメンタル・ジャーニー」 ここまで “しっとり路線” が続いたが、終盤では一転、アイドル全開の「TVの国からキラキラ」とアップチューンの「Last Kissは頬にして」を歌唱。「TVの国からキラキラ」では、近藤真彦の還暦記念公演で見た “バッカヤロータオル”(「ブルージーンズ メモリー」のセリフに合わせて振り回す演出)に刺激を受けてグッズにした “キラキラタオル” がサビの “キラキラ” に合わせて会場で振られたことに感激しきりの様子だった。
続く「MARiAGE〜幸せになって」ではインスタグラムで事前に公開されたキュートな振付を観客と一緒に再現し、一体感をさらに醸成。その後はバンドサウンドにアレンジされた代表曲「時に愛は」で本編を締めくくった。
アンコールの声に応えて、オフィシャルTシャツ姿で登場した松本は船山がセレクトした「夢で逢えたら」(オリジナル:吉田美奈子)をカバー。1983年のツアー『ファンタスティック・コンサート』でも歌っていたスタンダードソングだが、今回は格段に成長したボーカルを聴かせてくれた。
「デビューしたときは16歳だった私も来年は還暦です。これからもさらにパワーアップして、皆さんと一緒に人生の旅(Journey)の想い出をたくさん作っていきたいです!」
そう挨拶すると、自身の代名詞とも言える「センチメンタル・ジャーニー」を歌唱。2日目の公演ではアイドル時代にバックコーラス兼ダンサーとして活躍していたキャプテンの2人(北澤清子、山本恵子)が登壇する嬉しいサプライズがあり、場内一斉に歌い踊る感動のフィナーレとなった。
なお2日目のアンコールにはヒロミも登場。デビュー30周年コンサート以来、折に触れて愛妻のライブに駆けつけているが、今回は同じTシャツ姿で現れ “ペアルックは結婚30年で初めて。これまでは避けてきたんだけど” と打ち明けて会場を沸かせた。
活動本格化で音楽の輪がますます広がっている松本伊代 筆者は2009年以来、周年企画やコンサートのスタッフとして、本人はもちろん、これまでプロジェクトに関わってきた多くの方の話を聞く機会に恵まれてきた。取材を重ねて感じるのは天性の愛されキャラであるということ。アイドル時代、最も身近にいたキャプテンの2人が
「伊代ちゃんと一緒にいて、嫌な思いをしたことが一度もないんです」
(2012年『オールウェイズI・Y・O』ライナーノーツより)
と証言しているが、振り返ればこの15年間、筆者もそうだった。
だからこそ多くの人が “伊代ちゃんのためなら” と力を貸してくれるのだ。前提として歌唱力や表現力が評価されていることは言わずもがなだが、周囲を笑顔にする人柄であるがゆえに、多忙を極める船山基紀や日本を代表するミュージシャンが集まってくる。リハーサルや楽屋でも終始リラックスしたムードで、それが最高のパフォーマンスに繋がっているのだろう。
ここ数年の活動本格化で音楽の輪がますます広がっている松本伊代。さらなる進化が楽しみでならない。
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2024.11.03