【Y2Kリバイバル】Life goes on / Dragon Ash
1994年のヒップホップブームからDragon Ashへ 名も知らぬアーティストの才能と感性、卓越した技術で、一生興味を持たないと思っていたジャンルの魅力と楽しさを突き付けられる――。とても幸せな敗北の瞬間だ。
私とDragon Ashとの出会いはまさにそれ。長年、イェア、カモーンDJ!系の音楽は圏外のはずだった。英語力にコンプレックスがあるので、英語の歌詞が多くなると、とたんに興味がシオシオとしぼんでしまうのである。そこにラップが入ってくるともっと厄介。ぶかぶかのタンクトップを着て、頭にはバンダナ。肩にでっかいラジカセを背負い、韻を踏みながらディスり合う威嚇に近い音楽と、かなりの偏見を持っていた。とほほ。
1994年に押し寄せたヒップホップ・ブームの波は、その偏見を少し取り除いてくれた。「今夜はブギーバック」(小沢健二 feauturing スチャダラパー)、「DA.YO.NE」(EAST END × YURI)は特に、ラップの言葉遊び的な面白さを知るきっかけとなる。そしてその後、強めのパンチで、私の分厚い心の壁を突き壊してきたのがDragon Ashだったのである。
最初のパンチは、1999年にリリースされたDragon Ash featuring Aco, Zeebra名義の「Grateful Days」。聞こえてきたのは感謝とリスペクトだった。父から得た誇り、母からもらった労り――。流れるように大切な人に向けて「♪ありがとう」と歌う。なんと穏やかな! ヒップホップが威嚇どころか “こんにちは、出会えて嬉しいです” と礼儀正しく一礼をするようにして、マイソウルにやさしく入ってきた! もうビックリである。しかもこの「Grateful Days」は序章に過ぎなかった。
J-PHONE「写メール」CMソングで80万枚「Life goes on」! 「Grateful Days」で感動はしたが、当時は空前のJ-POPブームで、世は名曲の嵐。私は様々な楽曲を手当たり次第に聴き、Dragon Ashとは疎遠になっていった。しかし2002年、突然の再会が訪れる。テレビから流れてきたあまりにも心地よいメロディーに耳が反応した。なにこれ!? 今まで感じたことのない、聴いてるだけで己の感性がレベルアップする感覚!慌ててクレジットを見たら、クーッ、Dragon Ash! そう。その曲こそ、当時J-PHONE(現:ソフトバンクモバイル)「写メール」のCMソングだった「Life goes on」である。
VIDEO 英語が苦手な私はパッと聴いても意味が分からない。普通ならここで興味は切れるのだが、「Life goes on」は違った。フルで聴きたいと思える心地よさに溢れていた。有無を言わせない都会感。それだけでなく、品があった。ラップイコール路地裏、もしくはパリピというイメージはもう古い、いや、とんでもない誤解だったのだとクラクラきた。「Life goes on」には虹が出て、太陽に喜び、花を愛でる世界が広がっていた。2000年代の若者はちゃんと自然とも共存している。なにより穏やかに “哲学” している!
この曲は80万枚を売り上げ、2002年2月の月間オリコンチャート1位、年間チャートでも4位に輝いている。2002年といえば「HANABI」(浜崎あゆみ)、「traveling」(宇多田ヒカル)、「ワダツミの木」(元ちとせ)、「大きな古時計」(平井堅)といった楽曲が流行していた年。音楽ジャンルは違えど、誰もが何かを失いそうなものを探していた。人生の旅について問いかける時代だったのかもしれない。
興味のない人を振り向かせるという天賦のセンス 昨今のY2Kリバイバルにおいて再評価されている今も、「Life goes on」は初めて聴いた時と同じ興奮がある。イントロ、そして歌い出しの「♪No one's gonna stop my flow, yeah」の部分は25年も前の歌なのに、令和の今も、時代の最先端を行く人の足音に聴こえる。それがサビの「♪Many minds, so many lives」、つまり世の中に溢れる、たくさんの価値観や生活に混ざっていく――。
Dragon Ashのウィキペディアを見ると、音楽のジャンルはオルタナティブロックとかヒップホップとかラテンとかいろいろ書かれているが、もうどれでもいい。ジャンル分けする以前に、興味のない人を振り向かせるという天賦のセンスが彼らにはある。好き嫌いを通り越して粋だと認めるしかない。メロディーも音楽もファッションも、ミュージックビデオに映るKj(降谷建志)の靴の裏もすべてが粋!
たくさんのMIND、たくさんのLIFEを否定しない、威嚇しない。野に咲く花や虹、雨、流れる季節、太陽と花を愛でるリリックの哲学者は、空を見て、1人1人の人生が続いていくと呟くのだ。25年前よりもむしろ多様性の今と親和性があり、リバイバルヒットするのも納得である。誇らしそうでもあり、どこか心細そうでもある歌声。粋という最高のオブラートに弱さを包んで、これからもこの曲は、時代もジャンルも超え、誰かの心と並び、歩いてくれるのだろうと思う。陽が昇り、沈み、また昇るように自然と巡り流れるこのメロディーとともに、人生は続く。
2026.02.09