2025年 7月23日

カラパナ50周年【ケンジサノ特別インタビュー】① ハワイで結成された伝説的バンドの足跡

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カラパナのベストアルバム「カラパナ50周年記念 - タイムレス・ヴォエージ」発売日
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カラパナ50周年【ケンジサノ特別インタビュー】① ハワイで結成された伝説的バンドの足跡

1970年代のサーフィンブームを牽引し、ハワイを拠点にした活動でリゾートミュージックの隆盛に大きく寄与したバンド、カラパナ。同時代のフュージョン・ブームともリンクするインストゥルメンタル作品で多くの人気曲を抱えるグループでもある。

2025年、そんなカラパナは結成50周年を迎え、精力的に活動を展開している。7月23日にはベストアルバム『Kalapana 50th anniversary - Timeless Voyage』をリリース。そして8月29日(金)、30日(土)の2日間、東京・丸の内のコットンクラブでアニバーサリーライブを開催する。

現在、カラパナのメンバーは、ベースのケンジサノとキーボードのゲイロード・ホロマリアの2名。2人とも1980年代に途中参加したメンバーであり、オリジナルメンバーのマッキー・フェアリー、マラニ・ビリュー、そしてD.J.プラットの3名はいずれも鬼籍に入っている。今回、ケンジサノにインタビューが叶い、カラパナ参加の経緯から、最近の活動、そして音楽プロデューサーとしての数々の偉業について、貴重なお話を伺った。まずは、カラパナのヒストリーと共にお届けしたい。

ケンジサノがカラパナに加入する経緯


ケンジサノの本名は佐野健二。日本人である彼がカラパナに参加するまでの経緯は、非常に興味深いものがある。彼は父親の教育方針で、幼少期からアメリカンスクールに通い、そこでグローバルな感覚を磨いてきたのだ。

ケンジサノ(以下:サノ):そのあたりは親父の先見の明といいますか、"これからの日本人は英語しゃべれなあかん" ということで、1960年、5歳の時から神戸のアメリカンスクールに通い始めました。僕、日本の学校に通ったことは一度もないんです。

ーー そして、音楽との出会いはやはりビートルズだった。

サノ:10歳の時、ビートルズの映画『ビートルズがやってくるヤァ!ヤァ!ヤァ!』を観て、音楽に目覚めたんです。次の日にはもうギターを手にしていました。

ーー そのまますぐにバンドを結成、しかも仲間たちは高校生だったという。また、父親が戦前からの大物歌手、ディック・ミネと仲が良かった関係もあり、ディックの三男であり、シャープ・ファイブのギタリスト・三根信宏にも可愛がられた。英語が堪能なため、時にシャープ・ファイブのステージに呼び込まれて歌ったこともあったというから、とんでもない早熟ぶりを発揮していた。

ーー 中学時代は名古屋のアメリカンスクールに通い、ジミ・ヘンドリックスやクリームなど、当時隆盛を極めたサイケデリック・ロックに夢中になる。高校は調布のASIJ(The American School in Japan)に進学。ここでもバンド活動に勤しんでおり、演奏していたのはサンタナやシカゴ、BST(ブラッド・スウェット・アンド・ティアーズ)など。その後、アメリカの大学に進学し、野球やフットボールに熱を入れるが、プロスポーツの道は諦め、音楽活動を熱心にやるようになったそうだ。

サノ:もともと “Asian Students Union” というアジア系の人たちが集まるサークルに所属していたんですが、その後、黒人たちの集まるBlack Students Unionに行くんです。普通、日本人は入れないんですが「俺も黄色人種だし」なんて言ったら「それもそうか」という話になって(笑)、そこの黒人たちとバンドをやるようになりました。でも次第にフェイドアウトして、今度 “Hawaiian Students Union” に入るんです。ハワイアンたちは何でもありの感覚で、すぐに受け入れてくれました。これがカラパナに加入するきっかけになるんです。



マッキー・フェアリーとの出会い


ーー 大学を卒業してミュージシャンとしての下積み生活が始まる。大学時代に知り合ったハワイアンたちとやっていたバンドのメンバーがマウイに帰った際、当時カラパナを辞めていたマッキー・フェアリーと出会ったことが、その後のサノの運命を決める。

サノ:僕たちのバンドの演奏をテープで聴いたマッキーが「お前たちのバンドに入りたい」と言い始めたんです。ただ、彼はカラパナを辞めているし「それならマッキーの名前でやりたい、しかも活動はロサンゼルスだよ」と言うと、「それでもOKだ」と。そこで “マッキー・フェアリー・アンド・ナイト・ライフ” というバンドを組みました。

ーー カラパナは1975年にデビューアルバム『Kalapana』を発表。シングル曲「Nightbird」のヒットでアメリカ本土はもとより、日本でも紹介されるようになった。だが2枚目のアルバム『KalapanaⅡ』をリリースした時点で、ボーカルとギターを担当していたマッキーが脱退。バンドはフュージョン色を強めたサウンドに変貌していった、そんな時期のことである。

サノ:マッキーをフィーチャーしたバンドは、ロサンゼルスの有名なライブハウス、ゴールデンベアで演奏できるまでになったんです。その後、マラニ・ビリューもカラパナを脱退したという話を聞いて、マラニのユニットに僕らのバンドの前座で出てもらったんです。すると彼らのファンが、“マッキーとマラニが両方出るライブがある” って盛り上がって、ライブハウス6日間の公演が全てソールドアウトになりました。





もっとかっこいいことをやろう!


ーー 当時、ケンジサノはカラパナの音楽をどのように思っていたのだろう。

サノ:彼らの音楽は大学時代から聴いていましたが、とんでもないグループで、衝撃的でした。特に2枚目のアルバム(KalapanaⅡ / 1976年)ですが、まずハーモニーがいい、それに曲の力もあって、D.J.プラットのギターワークもかっこいいなあと思っていました。当時はドゥービー・ブラザーズとかパブロ・クルーズと同じスタイルの音楽として聴いていました。

ーー 1983年にはカラパナのリユニオン(再結成)の企画が立ち上がる。この時点で、再結成の誘いを断っていたマッキーに復帰を勧めたのもサノだった。そして再結成されたカラパナでハワイ全島のツアーをすることになり、このタイミングでマッキーが「やるならベースにケンジを入れろ」という話になる。様々なやり取りの末に「ツアーで西海岸や日本に行くならやってもいい」というケンジの条件をのみ、晴れてメンバーとなったのである。

サノ:ただ、当時のカラパナは、ややR&Bっぽい要素もあるコンテンポラリーなポップスだったんです。そこにはマラニのカントリーっぽいテイストもありました。ただ、リユニオンとなった時点で、僕は「もっとかっこいいことをやろう!」と提案し、1986年に『Hurricane』、1987年に『Lava Rock』という2枚のアルバムを作り、特に『Hurricane』の際には、ハワイで派手なリリースパーティを開きました。その前まではハワイでも「ああ、まだやってるの?」という反応の人たちもいたんですが、このタイミングで注目が集まりラジオでも頻繁にかけてもらえるようになって、大きな会場でライブもやり始めると活動が軌道に乗っていったんです。



28歳でプロデビュー、そして凱旋帰国


ーー そして日本、フィリピン、グアム、サイパン、ウエストコーストでのライブツアーがスタートする。日本公演は1987年のインクスティック芝浦。ケンジサノにとっては、まさに凱旋帰国であった。

サノ:親父はせっかく大学まで出してくれたのに、僕が音楽をやると決めた時はかなりショックだったと思います。それで親父との約束で 「30歳まではいいが、それで芽が出なかったらきっぱりやめろ」と言い渡されていたんです。だから28歳でプロデビューできて、日本に戻ってきた時は感無量でした。あの当時、飛行機を降りる時はまだタラップでした。それで日本の地に着いて、地面にキスしましたよ。帰って来れた!と。

ーー だが、同時にケンジには、カラパナのライブについて1つの不安要素があった。

サノ:昔の勢いがなかったというか、ライブでの熱狂には今ひとつ何かが欠けていると思っていました。その時、僕は大阪にポール・マッカートニーのライブを観に行ったんです。そうしたらビートルズの曲をやるとお客さんが総立ちになる。でも新曲だとみんな座っちゃってた。そこで、“ああそうか、みんな昔の曲をメインで聴きたいんだ” と痛感したんです。

当時のカラパナのライブは新譜をメインに、昔の曲も入れているという感じでしたから。僕はこの時のポールのライブで学んで、カラパナの活動も変えなくては、ファンの心に戻ろうと思い、かつてのヒット曲をもう1回リアレンジして、それをメインにした『Back in Your Heart Again』というアルバムを1990年に作りました。それでツアーに出たら、お客さんがメチャクチャ入ったんです。



マッキー・フェアリーは、音楽的にすごい才能の持ち主


ーー ここで、カラパナの音楽面も含めた各メンバーの個性について、ケンジサノに聞いてみることにした。まずは、ツインボーカルの1人、マッキー・フェアリー。前述の通り、ケンジをカラパナに引き入れた人物でもある。

サノ:音楽的にすごい才能の持ち主でした。ファーストアルバムの「To be true」という曲は、アレンジなどまるでスティーヴィー・ワンダーのようでした。バラードではジェームス・テイラーの影響を受けていたり、当然ビートルズも大好き。ルックスもいいし歌も上手い、曲も書ける。カラパナではベーシストでしたが、本当はギターも上手いんです。ただ、どこかネガティブになってしまうところがあった。とても繊細な性格で、ずっと影のある人生だったように思います。それでドラッグに走ってしまい、抜け出せなくなった。僕やゲイロードが一所懸命にそこから引っ張り出そうとして、一時は立ち直ったんですが、リユニオンで人気が再燃すると、悪い奴がまた寄ってくる。常にそういった影の部分と戦っていたのを覚えています。

ハートフルな真のハワイアン、マラニ・ビリュー


ーー 続いては、もう1人のボーカル、マラニ・ビリューについて。

サノ:マラニは奇想天外な男です。ハートフルな真のハワイアンで、彼の作る曲がその性格を表しています。ラブソングやメロウな曲がメインで、シンプルな3コード、4コードの曲ながらとても魅力的です。彼の声もまた説得力のある、愛のこもった歌い方。ただ、私生活ははちゃめちゃでしたけれど(笑)。音楽面では色々とバッティングもしました。でも最終的にはブーブー言いながらも僕を信用して任せてくれました。本当に素敵なおっさんです。

真のリーダー的存在、D.J.プラット


ーー そしてギタリスト、D.J.プラットのことは、リーダー的存在であったという。

サノ:言葉数は少ないけれど、一番うるさいおっさん。そんなイメージかな(笑)。元々カラパナのリーダーだったので、彼の言うことにはみんな従ったけれど、本人がああしろこうしろと言うわけでもないんです。僕が入った時にリーダー役をバトンタッチした際、何か後ろで見ているというか “なんだ、このお手並み拝見みたいなスタンスは" とも思ったんですが(笑)。ただそこで学んだことは後の自分の仕事にもプラスになりました。ギタリストとしての彼は、ノッている時のライブでは神がかっていましたね。彼は最後、自分の身体の状態が良くないのに、最後まで「大丈夫だ 」と言い続けていた。真のリーダー的存在でした。

あまりに長く一緒にいるので自然とメンバーになったゲイロード・ホロマリア


ーー 最後にキーボードのゲイロード・ホロマリアについて。

サノ:彼は僕の3年後に入ったメンバーですが、その前からずっと一緒に仕事をしていました。マッキー・フェアリー・アンド・ナイト・ライフのキーボードで、エンジニアでもあったので、サポートメンバーとしてレコーディングもライブも常に一緒でした。あまりに長く一緒にいるので「どうせならカラパナに入れば?」ということで自然とメンバーになったんです。


ということで、カラパナ【ケンジサノ特別インタビュー】① はいかがだったろうか。後編となる②では、中山美穂のアルバムプロデュース、安室奈美恵のミュージックディレクター、またベーシストとしての活躍、矢沢永吉、EXILEなど、日本のアーティストとの様々な仕事について、またオリジナルメンバーが次々と鬼籍に入ったカラパナを、それでも改めてリスタートさせるに至ったその思いまでを語っていただく。必読である。



Information
カラパナ50周年記念 - タイムレス・ヴォエージ

▶ 発売日:2025年7月23日(水)
▶ 収録曲:
01. MANY CLASSIC MOMENTS
02. JULIETTE
03.(FOR YOU)IʼD CHASE A RAINBOW
04. FULL MOON TONIGHT
05. VELZYLAND
06. LOVER OF MINE
07. WRITING ON A FORTUNE
08. COMING HOME
09. MOLOKAI SWEET HOME
10. PARADISE
11. BLACKSAND
12. NIGHTBIRD feat. EXILE ATSUSHI
13. MOON AND STARS
14. SOMEDAY feat. HENRY KAPONO
15. CATHERINE
16. SMILE
*12〜16 新録⾳源

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馬飼野元宏
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