新たに映像化が決定した「ガス人間第一号」
皆さんは、『ガス人間第一号』というタイトルにどのような印象を抱かれるだろうか。実際のところ、この作品ほどタイトルで損をしている映画はない。今までこの映画を友人や知人に薦めた際、半笑いで “何なんそれ?遠慮しとくわ” と拒絶され、悔し涙にむせんだことが何度あったことか!
しかし、タイトルに惑わされず作品の本質を見抜く慧眼の持ち主はいるものである。この作品は、2009年に後藤ひろひとの脚色・演出、高橋一生、中村中ほかの出演によって舞台化されるという快挙を成し遂げた。元の映画にはなかった笑いの要素を、そして設定にも時代に沿った大胆なアレンジを加えつつ、原典に対するリスペクトあふれた快作になっている。
さらに本年、小栗旬と蒼井優をメインキャストに迎え、Netflixと東宝の初タッグによる完全オリジナルストーリーとして映像化されることが決定したという。そうなのだ。この作品は舞台化でも再映画化でも、なんならミュージカル化でも歌舞伎化でも宝塚歌劇化でも可能なのだよ。さらに出でよ、慧眼の持ち主よ!
今般の映像化を機に、1人でも多くの方にその原典である東宝映画『ガス人間第一号』にも触れていただきたく、オリジナルの素晴らしさについて語っていきたい。
“変身人間シリーズ” の1作として製作
この『ガス人間第一号』は1960年、製作:田中友幸、監督:本多猪四郎、特技監督:円谷英二という、東宝特撮映画史に燦然と輝く黄金トリオによって生み出された。本作はその黄金トリオによる『ゴジラ』『モスラ』などの怪獣映画、あるいは『地球防衛軍』『宇宙大戦争』といった宇宙SF映画とも異なる路線で、『美女と液体人間』『電送人間』に続く、いわゆる “変身人間シリーズ” の1作として製作されている。
その物語は——
自らをガス化し、相手を窒息させて銀行の金を奪う “ガス人間” による犯罪が続発する。岡本刑事(三橋達也)や、若き婦人記者・京子(佐多契子)が事件を追ううち、図書館の職員・水野(土屋嘉男)という平凡な男が捜査線上に浮かび上がる。
水野は、航空自衛隊のパイロット志願であったが夢叶わず、失意のうちに図書館勤めをしていた。そこに、水野がパイロット志望だったと知る佐野博士(村上冬樹)が現れ、宇宙飛行にも適した肉体へと体質改造を施した結果、水野は自らの意志で肉体を気化することができるガス人間となったのだ。
そこに、伝統ある日本舞踊の流派・春日流の家元であり、芸術院賞の候補に上がるほどの存在でありながら、権威との確執の結果、今は零落している春日藤千代(八千草薫)という美しい女性との出会いが訪れる。水野は、日本舞踊の史料を閲覧するため、たびたび図書館を訪れる藤千代を愛するようになり…。ガス人間・水野は、犯罪によって手にした金をすべて藤千代に貢いでいたのだ。
ⓒ1960 TOHO CO.,LTD
“空想スリラー映画” の趣きで不気味に展開
ここまでのストーリーをお読みいただければご推察の通り、東宝特撮映画お家芸の派手なスペクタクルシーンはなく、特撮は脇で渋い職人技を発揮しながら人間ドラマを引き立てる役割を担い、予告編に謳われているような “空想スリラー映画” の趣きで不気味に展開する。
物語は、水野による資金援助が犯罪によるものと薄々気づきながらも、日舞にかける執念から水野との関係を断ち切れない藤千代が滅びへと突き進んでゆくさまが哀しく描かれる。パイロットになる夢が叶わなかったばかりか、意に反して人ならぬ存在となった水野。そして日舞の世界から放逐された藤千代。2人の中には、対象は違えど、自らを疎外した者への “怒り” “恨み” “執念” といった感情が逆巻いていたに違いない。
そんないびつな関係で結び合う水野と藤千代に比べ、前述の岡本刑事と婦人記者である京子の2人は、結婚を控えた明朗なカップルである。そんな2組を対比させることにより、物語は一層の厚みを増している。特撮映画のみならず女性映画も得意とした本多猪四郎監督は、女性の登場人物を藤千代と京子の2人だけに絞り、正反対なキャラクターを対峙させることにより、観る者にその双方を深く印象づけた。
ⓒ1960 TOHO CO.,LTD
黒澤映画の常連、土屋嘉男と宝塚出身の八千草薫が出演
また、円谷英二特技監督による特撮は、“人間がガス化する” という、今なら簡単にCGで処理できそうなところを創意と工夫により具現化。ガスに人格を感じさせるため、セットを上下逆に組んで天井にガスが這っているように見せたり、フィルムの逆回転による違和感でガス人間の “人ならぬ存在” ぶりを表現して見せたりと、本多監督とのコンビネーションは見事である。
ガス人間・水野役の土屋嘉男は、『七人の侍』をはじめとする黒澤映画の常連でありながら、『地球防衛軍』の怪遊星人ミステリアンや、『怪獣大戦争』のX星人など、怪人・宇宙人役も得意とする名優。本作でも不敵な笑いを浮かべ犯罪を重ねる一方、藤千代への愛を貫く一途さが実に素晴らしい。
そして、藤千代役の八千草薫の、宝塚出身者ならではの凛とした美しさ。一途な思いをぶつける水野に対し、どれだけ水野を愛しているのかが判然とせず、ひたすら冷徹さを滲ませるという難しい役どころを熱演している。何より八千草が『ガス人間第一号』なるタイトルの作品に出演したこと自体が奇跡といえよう。
ⓒ1960 TOHO CO.,LTD
少年たちの脳裏により深く刻まれ宮内國郎による音楽
最後に、本作で忘れてはならないのは宮内國郎による音楽。宮内はのちに、テレビ作品では『ウルトラQ』『ウルトラマン』『快獣ブースカ』などの円谷プロ作品、ゴジラ映画では『オール怪獣大進撃』の音楽を担当し、特撮ファンにとってはスタンダードナンバーとなったメロディを多く生み出した。この『ガス人間第一号』では電気アコーディオンを多用し、哀愁と不気味さが同居した独特の音楽で作品を大いに盛り上げたが、それらの多くはのちに『ウルトラQ』『ウルトラマン』でも流用され、少年たちの脳裏により深く刻まれることになる。
さて、この『ガス人間第一号』がどんな結末を迎えるのか…。それはここでは詳述しない。1979年に刊行された、辛口で知られる特撮研究書『大特撮』では、そのラストシーンを以下のように表現している。
「この映画での圧巻的なシーンは、やはりラストで女師匠が、ガス人間1人だけの前で、華麗な舞を演じている場面である。この場面は、この映画がSF映画であることを忘れさせてしまうほど幻想的な美しさを持っていた」
有文社刊・コロッサス編「大特撮」より
しかし、本当の壮絶なラストシーンは、この後にやってくるのである。——ということで皆さま、くれぐれもタイトルに惑わされるなかれ!
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2024.10.13