1999年 7月7日

わずか1年で解散した【チェキッ娘】まさかのテレ東音楽祭で復活!27年ぶりの生放送出演

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フジテレビ「DAIBAッテキ‼」から始まるチェキッ娘ストーリー


“アイドル戦国時代” といわれるずっと以前。それは、関東ローカルの番組から始まった、短く濃密なアイドルストーリーである。

1998年ーー 女性アイドルシーンのトップには依然としてSPEEDが君臨していた。また、テレビ東京系のオーディション番組『ASAYAN』から生まれた5人組・モーニング娘。が、3人のメンバー追加を経て、8月発売のサードシングル「抱いてHOLD ON ME!」で初のオリコン1位を獲得。アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』に続き、アイドルの世界でもテレ東発のコンテンツが新しい波を作ったのである。

その頃、フジテレビでは “再びおニャン子クラブのようなアイドルを作ろう” と、10月から始まる新番組の企画が練られていた。おニャン子クラブとは、1980年代に同局のバラエティ番組『夕やけニャンニャン』から生まれ、一大旋風を巻き起こした多人数女性アイドルグループの元祖的な存在。そして、それを倣うかのように、“チェキッ娘” の舞台となる番組『DAIBAッテキ‼』が関東ローカルでスタートすることになる。放送枠は月曜から金曜の16時25分〜16時55分。ただし、『夕やけニャンニャン』より35分早く始まり、30分短かった。

この番組内でオーディションを実施し、合格したメンバーによって結成されたグループがチェキッ娘だ。オリジナルメンバーは、ID001:田中里奈、ID002:下川みくに、ID003:矢作美樹、ID004:新井利佳、ID005:五十嵐恵、ID006:熊切あさ美の6名。メンバーには、おニャン子の会員番号に相当する、ID番号が割り振られた。また、その後もオーディションにより増員を繰り返すという、おニャン子同様のシステムが採用されている。

1998年12月リリース!デビューシングルの作詞作曲は河村隆一


フジテレビは前年(1997年)に本社機能を新宿区河田町から港区の台場(臨海副都心)へ移している。『DAIBAッテキ‼』というタイトルからも分かるように、チェキッ娘は、“お台場のフジテレビ” の顔となるアイドルになることが期待されていた。

そして、結成からわずか2ヶ月後の12月に “Я・K” こと河村隆一の作詞・作曲、元レベッカの土橋安騎夫のアレンジによる「抱きしめて」という曲で、ポニーキャニオンよりCDデビューを果たす。しっとりしたミディアムテンポの曲で、エモさはあっても、今のアイドル曲のようなバズり狙いのフックは仕掛けられていない。また、振り付けは簡素で、SPEEDやモーニング娘。よりもおニャン子寄りだった。

レコーディングに参加したメンバーは、ID001:田中里奈から、ID010:久志麻理奈までの9人(ID008のメンバーは失格扱いで離脱)。 リリース同月には、フジテレビの人気音楽番組『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』の特番に出演し、全国に顔を売るチャンスにも恵まれた。 ただし、デビューシングル「抱きしめて」のオリコン週間シングルチャートの最高位は48位。いきなりのブレイクには至らなかった。



1999年1月、チェキッ娘のメンバーは20人になり、同月末でオーディション制度は終了。3月に発売されたセカンドシングル「はじまり」は、 卒業をテーマとした曲だった。これは、下川みくにの卒業を前提に作られた曲で、おニャン子クラブの「じゃあね」に相当する。オリコン最高位は40位。順位は地味だったが、ランクインした期間は長く3万枚以上のセールスを記録したとされる。





強みはテレビ局のバックアップ!グループ内ユニットも活性化


1999年春、大きな変化がある。編成の都合により、3月をもって『DAIBAッテキ‼』が終了してしまうのだ。そして、4月よりチェキッ娘のホームグラウンドは、月曜〜木曜の16時25分~16時30分の『DAIBAクシン‼チェーン』、金曜16時25分〜16時55分の『DAIBAクシン‼GOLD』、土曜13時〜14時の『DAIBAクシン‼cheki b.』の3番組に移行することになる。

この時期、SPLASH、MISSION、COLOR(のちにBuzy)、上戸彩がメンバーだったZ‑1など、ポストSPEEDを狙ったような、あるいはモーニング娘。を意識したような、女性グループが続々とデビューしている。その中で、レギュラー番組&テレビ局のバックアップという強みを持つチェキッ娘は、他グループに対し優位に立っていた。マジョリティではなかったものの、番組を通じてコアなファンは着実に育っていた。

モーニング娘。からも “タンポポ” や “プッチモニ。” がデビューしたように、チェキッ娘も多人数アイドルグループの強みを活かし、グループ内ユニットの展開に力を入れていた。1999年春の時点で、すでに下川みくに、熊切あさ美、ID009:町田恵の “NEOかしまし娘”、ID007:上田愛美、久志麻理奈、ID013:佐々木絵美子の “NEOちゃっきり娘” などが稼働し、シングルのカップリング曲を歌っていた。





他にもバンドスタイルの “chee’s” がインディーズからデビュー。6月にはID012:藤岡麻美とID019:小林裕美の “M@M” が東芝EMIよりメジャーデビューを果たすなど、活動の多様化によりファンも盛り上がりを見せた。7月になると、ファンに嬉しい燃料投下はさらに続く。ID005:五十嵐恵、熊切あさ美、ID015:森知子のユニット “METAMO” が始動している。

チェキッ娘のラストシングル「ありがとう」がリリース


そして、グループとしてはファーストアルバム『CXCO』をリリース。さらにはZepp Tokyoでのライブを開催するなど、1999年の夏は、チェキッ娘にとってもっとも熱い季節となった。




ファーストアルバムのタイトルは『CXCO』と書いて、“チェキッコ” と読ませた。そう、このアイドルグループがフジテレビ(CX)発のコンテンツであることを明確に打ち出したタイトルである。ただし、フジテレビ色の強調は、結果的に他局との距離を広げることにつながってしまう。新しい展開がいろいろ打ち出される中で、フジテレビ以外の露出は極めて限定的だったのだ。

アルバムの後にリリースされた4枚目のシングル「海へ行こう〜Love Beach Love〜」は30位。翌8月には早くも次のシングル「ドタバタギャグの日曜日」をリリースしたが39位。握手会の開催や、CDにトレカ封入などの試みを行ってきたこともプラスに働き、とくに “チェキ男” と呼ばれる男性ファンの熱量が高かった。だが、TVerはもちろんYouTubeすら存在しない時代に、関東圏以外にもジワジワと人気が広がっていくような現象は起きにくかった。そして8月末に、9月いっぱいでの番組終了、メンバー全員の卒業── 事実上の解散が伝えられていったのだ。

9月に入り、まず1日にフロントボーカルだった上田愛美がソロデビューした。そして、17日にはチェキッ娘としてのラストシングル「ありがとう」がリリースされ、最高位は36位。 そのとき、ヒットチャートの1位を走っていたのはモーニング娘。の「LOVEマシーン」である。そしてその直後の10月5日には、SPEEDが “翌年3月解散” を電撃発表し、世間を騒がせている。





こうして女性アイドルシーンの勢力図が変動するなか、1999年11月3日、東京ベイNKホールにて、チェキッ娘のラストステージ『チェキッ娘 in 旅立ちLIVE』が開催された。文字通り、メンバー号泣の旅立ちのセレモニーをもって、チェキッ娘は2000年代を待たずに、儚く、潔く、美しく去っていったのだ。活動期間はわずか391日だった。その後、日本には数え切れないほどの女性アイドルグループが生まれ、消えていった。

チェキッ娘が再集結!メンバーからのコメントも熱い


そして、2025年の夏、チェキッ娘が再集結し、テレビの音楽番組に出演する。実に27年ぶりのテレビ生放送出演で、7月9日に放送される『テレ東音楽祭2025~夏~』での出来事である。かつてモーニング娘。を生んだテレビ局で27年目のチェキッ娘が復活するのだ。メンバーの誰もが予想できなかった未来がそこにあったのである。

『テレ東音楽祭2025~夏~』出演予定メンバーからのコメント
▶ ID001:田中里奈
チェキッ娘として再びメンバーと集まって歌うことができて、とても嬉しいです。感謝の気持ちと共に、メンバーの絆を改めて感じております。今回の曲は、私達にとって思い出深く、高校生だったあの頃にタイムスリップさせてくれる特別な曲です。『テレ東音楽祭』という大きなステージで、たくさんの方にお届けできるように、心を込めて歌いたいと思います!

▶ ID002:下川みくに
テレ東音楽祭にチェキッ娘が。メンバーはもちろん、当時のスタッフのみんなもびっくりしていると思います。1998年にデビューし、約1年の活動でそれぞれ旅立ち(あえて解散とは言わないw)となりましたが、あの頃応援してくれていたチェキ男(ちぇきお)のみんなに支えて貰いながら成長させていただいたとても貴重な空間でした。本番は青春時代を思い出しながら、最高のパフォーマンスをお届けしたいと思います!止まっていた時計がまた動き出す夜。はじまりです。

▶ ID003:矢作美樹
チェキッ娘復活‼ ということで、今回このような機会をいただけたこと、大変感謝しております‼ 音楽番組に出るなんてどれくらい振りでしょうか。ましてや生放送だなんて。。緊張もありますが、それよりもまたみんなでステージに立てるなんて‼ とても楽しみです​​‼ よろしくお願いいたします‼

▶ ID006:熊切あさ美
フジテレビで生まれたチェキッ娘がまさか他局のテレビ東京のテレ東音楽祭で復活なんて。しかも実はチェキッ娘では初めてのフジテレビ以外での出演。嬉しくてお話を頂いたときに涙が出そうでした。テレ東さんありがとうございます。一夜限りの復活を楽しみにしています。

▶ ID012:藤岡麻美
『テレ東音楽祭』への出演、心より感謝申し上げます。チェキッ娘は “解散” ではなく “旅立ち” という表現で活動を終えました。当時のプロデューサー・水口昌彦さんは、今回のような再会を予感していたのかもしれません。現在は子育てに奮闘中ですが、子どもたちにも喜んでもらえるよう、気持ちは10代に戻ってメンバーとステージを目一杯楽しみたいと思います。心を込めて歌いますので、どうぞよろしくお願いします!

▶ ID015:森知子
“チェキッ娘復活” ‼
とっても素敵な機会をいただき、感謝とともに、とても嬉しく思います!「はじまり」は私も大好きな歌で、思い出の曲なので、みんなで歌えることを、とても幸せに思います。生放送で緊張しますが、当時を思い出し、また、今はそれぞれで頑張るメンバーと一緒に楽しみたいと思います!よろしくお願いします。

▶ ID017:加藤真由
「旅立ち」から26年。40歳を過ぎてなお、メンバーで歌える機会をいただけるなんて、私たちは幸せだなと感謝の気持ちでいっぱいです。当時、未成年であった私たちも、自分だけの生き方を探し、別々の道で大人を頑張っています。もはや “娘” ではないですが、大人になったチェキッ娘が、それぞれポジティブに生きていることが伝えられるような最高の瞬間をお届けしたいと思っています。

▶ ID018:甲斐田聡美
チェキッ娘復活!? 今回この様な機会を頂けた事、大変嬉しく思います!さらに生放送という事で緊張しますが、久しぶりに会えるメンバーと共に素敵な楽曲をお届けできることを楽しみにしております!当日は大人になったチェキッ娘を温かい目で見守ってください。

▶ ID019:小林裕美
チェキッ娘復活!? とても嬉しいです!とても良い楽曲なのでたくさんの方に聴いてほしいです!久しぶりに会うメンバーも居るので、とにかく楽しみたいです!そして、数多くのアーティストからチェキッ娘を選んでいただきありがとうございます!生放送は久しぶりなので暖かく見守ってください!こんな素敵な機会を提供してくださり、本当にありがとうございます!がんばります‼

▶ ID020:大瀧彩乃
あの頃の思い出が、また新しい形で動き出そうとしていることが、本当に嬉しくてなりません!チェキッ娘という名前を、今もあたたかく見守り続けてくれている皆さん、そしてこの機会をくださったテレ東音楽祭に感謝でいっぱいです!生放送でみんなでステージいっぱいに大好きな「はじまり」を届けられるよう頑張ります!

▶ プロデューサー:水口昌彦氏コメント
気がつけば27年という時間が経っていました。AKBやモーニング娘。と比べると見劣りしてしまう存在ですが、日本独自のカルチャーとして確立したアイドルビジネスのひな型を提案できた集団と自負しています。チェキ会、握手会、投票制度など以降のアイドルに踏襲されスタンダード化したアイディアをいくつか提案していました。「成長」と「物語」を共有する文化の草分けとして再認識していただくと幸いです。

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