対談企画
第4回
松本隆の世界、他の作詞家との違い、
そして後世に及ぼした影響力
松本隆作詞家生活50周年。「世代を超えた女性たちに松本隆が愛される理由」と題し、4回に渡ってお届けする対談です。昭和生まれでリアルタイムに松本先生の歌を聴いて育った彩さんと、平成生まれで、松本先生の世界観にどっぷりはまったルネさんとの女子トーク。鋭い視点満載で松本隆先生の世界を考察していきます。
第4回は、「松本隆の世界、他の作詞家との違い、そして後世に及ぼした影響力」。いよいよ最終回。今回は、70年代の阿久悠先生など、名だたる作詞家と松本隆の描く世界はどこが違うのか。そして、松本先生が後世に及ぼした影響について語っていきます。
→「第1回 松本隆との出逢い」
→「第2回 松本隆の歌詞の世界観を深堀り」
→「第3回 松田聖子作品に隠された繊細な心情、そして風街について
」
― ここからは、松本先生が他の作詞家の先生と圧倒的に違う部分についてお聞きしたいです。70年代には阿久悠さんとか、80年代には売野雅勇さんや、秋元康さんなどがいたと思うのですが、そこと松本先生の世界との違いはどこですか?
- 彩
- 絶対的にそうかは分からないですが、ひとつ言えているのは、湿気が少ないですね。湿度が低い感じがします。阿久悠先生だと、作品によってはもの凄く湿度が高かったりしますが、松本先生の作品は常に “Mildly Air-Conditioned” というか、そんな感じがします。
- ルネ
- 私は、人物像に余裕と余韻がある… っていうことを感じます。特に女性が主人公の歌に顕著だと思うんです。聖子ちゃんや中原理恵さんの歌もそうですが、「まぁ私のこと好きでしょ」みたいな余裕があって、だからこそ余韻を持たせるような行動ができる女性が多いですね。心すべてが物語世界に没入しているのではなく、半分は渦に巻き込まれているけど、もう半分でちょっと俯瞰的に見てる感じ。俯瞰的に見ている部分で、映画みたいな余韻を持たせる振る舞いができるだとか、そういう女の子が出てくると、これは松本先生の歌詞だなと思います。それで出てくる女性が勝気なんですよね。
- 彩
- 阿久悠先生の歌詞に出てくる女性も勝気なんですけど、そこの強さとは少し違うところがありますよね。
- ルネ
- 阿久悠先生の歌詞に出てくる女性の強さは梶芽衣子さんの『女囚さそり』みたいな(笑)ドライさかも。攻撃的なドライさですね。松本先生の歌詞にあるドライさは、守備のドライさだと思います。
阿久悠先生は、元々はウェットなものだった歌謡曲の歌詞を、まず極度にドライなものにして、地ならししたのだと思います。そして、湿っぽさが一切ないような世界に、攻撃的とも言えるドライな女性像が生まれた。松本先生の時代になると、カラッとしていることが当たり前になって、そこからどうやって自分のお洒落とか生活を守るか… って問題になってくるんですよね。
- 彩
- そこは70年代から80年代になって時代の移り変わりがあって、自分に気を遣う余裕が出てきた人が多いということだと思います。ひとつ重要なのが、阿久悠先生は、1937年生まれで、松本先生はそのひとまわり年下の1949年生まれなので、相当若いんですよ。
少し年下に売野雅勇さんがいて、売野先生は、都会の表面的なキレイさをすごく上手に切り取っている人だなっていう印象があります。
― 売野先生は地方の人が見た都会という印象があります。だから煌めいているのかと。その逆に松本先生の描く都会は、そこにずっといる人の視点で描かれた都会なのではと思ったりもします。
- 彩
- 確かにそうですよね。私もルネさんも東京の出身ではないから、憧れの東京という目線があるけれど、私、幼稚園に入るまでが東京なんですよ。東京にいっぱい親戚がいるんですが、その人たちって全然普通なんです。それこそ、青山に家があって、風街が文化圏の人がいますけど、普通なんですよ。普通に暮らしています。だから、どこが違うと言えば、そういう場所で育っている人たちのセンスの持ち方とか、そういったものはあるかもしれません。
- ルネ
- 松本先生の描く都会に憧れるという話だと、それこそ「東京ららばい」かな(笑)。
私の場合、東京という場所への憧れと、もうこの世にはない80年代の東京への憧れがあったので、時間的にも距離的にも隔たった二重に遠い憧れの地っていうような感じでした。たとえ今すぐ上京してもその場所に行けないって分かっていたから、遠い世界への滅茶苦茶な憧れを抱いていました。 - 彩
- 私は26歳の時に上京したんですが、東京は別に普通だな… って思いました。確かに「東京ららばい」で描かれている世界はもうないですよね。
- ルネ
- これは松本先生が東京の人だということに繋がっていると思うのですが「東京ららばい」の東京を表現する歌詞に、えっ、そこ? って意外なポイントがあるんです。「♪東京ららばい 地下がある ビルがある 星に手が届くけど」ってフレーズ。初めて聴いた時、この「地下がある」がすごく印象に残ったんです。同時期に見ていた80年代の映画とかドラマで地下街やホテルのアーケードが映ると、「あっこれだ!」って思う。都会のイメージの中で、地味に語られない地下に目を向けることによって、本当にある風景のリアリティを感じました。松本先生の描く都会っていつも実感がある場所なんですよね。
― そんな松本先生が描いた憧れの対象になり得る世界観って、今のアーティストにも大きな影響を与えていますよね。
- 彩
- 作品を聴いて育った人が作っているわけですからね。そういった意味では、それ自体が大きな影響なんですよ。今作り手として活躍している人は、みんな何かしら松本先生の楽曲を聴いてますからね。
- ルネ
- どこかしらに染みついていますからね。人格形成に関わった人もいっぱいいて… 私も松本先生に人格を作られたって思っていますが、そう思う人って日本中にものすごくたくさんいますよね。
さらに興味深いのが、松本先生の世界観の源にあるのが、松本先生が子供時代を過ごした風景の象徴である風街であること。だから、先生の原体験がいろんな人の原体験になっていると言っても過言ではない。これはすごいことですよね。
「もっとも個人的なことがもっとクリエイティブなことだ」って、マーティン・スコセッシ監督の言葉があるけど、松本先生の歌詞はまさにそうなのかも。自分の感性の源にあるものを、色んな形で大衆に届くように作っていて、その根本には風街があるから胸を打つんだと思います。 - 彩
- 松本先生が描いた世界は、日本が都市化していくエンジンみたいなものの燃料のひとつになっていますよね。
- ルネ
- 松本先生とユーミンの楽曲が両輪になって日本の都市化を進めていったところがあると思います。
- 彩
- そんな感じはありますよね。ああいうふうに生きたいという憧れみたいなものがあって…。
- ルネ
- まさにそうなんです! 私、ユーミンの話をするときにいつも思い出す言葉なんですけど、マツコとユーミンがラジオ番組で話している時に、マツコがユーミンに「ある時期から(ユーミンは)国家元首みたいな役割を果たしていたわよね」って言ったんです。ユーミンは「まぁ、ハードから作っていったようなところはあるね」と答えたんですけど(笑)。ユーミンが曲の世界でリゾートでの楽しみを歌ったら、現実にスキーリゾートが開かれていったとか…。ユーミンは「何処で遊ぶか」という都市での振舞い方のハード面を整えて、松本先生は、その整えられた都市で、どういうことを感じるかっていうソフト面を人々に伝えていったのではないかな。 って。どう振る舞うかをユーミンが教えて、どう感じるかを松本先生が作っていったような気がします。
- 彩
- ユーミンも八王子の呉服屋の娘さんで、立教女学院で、14の時から東京の街中に遊びに出てきている人ですから、そこは、相当早い人なんですよね。
- ルネ
- その土壌の中に今のアーティストはいるわけだから、影響は絶対にあると思う。
現代への影響でいうと、YMOの「君に胸キュン」の歌詞がくすごくJ-POP的っぽいと思いました。 歌謡曲の歌詞は、背景となる情景描写があり、小道具となる固有名詞がありその中でお芝居のようにストーリーが展開されるものだと思うのですが…。 それに対してJ-POPの歌詞は、断片的な描写があり、登場人物の姿は見えてこなくて、普遍的なストーリーが当てはまる感じ。どっちがいいとかじゃないのですが。
「さざ波のラインダンス」とか「伊太利亜の映画でも見ているようだね」とか、断片的な情景がいくつも描かれて、でもどういう二人の物語なのかがあまり分からなくて、ふわっと浮かんでいる感じがあって…。これは先取りだったんだと思います。
― 確かに浮遊感がありますよね。糸井重里さんに近い感覚なのかな?
- ルネ
- そうだ! 糸井さん的!
- 彩
- 糸井さんはそうですよね。「TOKIO」にしても「春咲小紅」にしてもね。
- ルネ
- キャッチフレーズですものね。松本先生って、あまりコピーライターって感じがしないんですけど、これだけはコピーライティングっぽいですよね。
- 彩
- これはCMソングだったというのもありますよね。元々「君に胸キュン」というキャッチコピーがあったのかもしれませんね。
― これまで、70年代、80年代の松本先生の歌詞を語られていて、2021年現在の音楽シーンに及ぼした影響についてどのように思いますか?
- ルネ
- 現在のバンドが歌っている歌詞の内容も、「はっぴいえんどだな」って感じるものもあって、今の日本の様々な歌詞の表現の根本には松本先生がいるなと思いますね。
- 彩
- 少なくても80年代からこちら側にはいますよね。
- ルネ
- アイドルの根本には松本先生の作った女性像が関わっていると思いますし、バンドの歌詞には、はっぴいえんどが関わっていますし、みんな、何かしらのチルドレンなんじゃないかしら。
- 彩
- アイドルの女性像はどうなのかなって部分はありますけど、「綺麗ア・ラ・モード」(中川翔子)なんか、松本先生の新しい作品ですけど、上手く昇華しているなって思いますね。
ここでも「透き通った水の音 あなたへと流れていく」って動きが発生していますよね。 - ルネ
- 中川翔子さんって松本先生の歌詞が凄く好きな人なんですよね。
- 彩
- そう! NHK-FMの『今日は一日松本隆ソング三昧』って番組がありまして、あれに出てきた時の中川翔子のしゃべりっぷりがすごかった! 私もすごく共感して、この人と3時間ぐらい飲みたいって(笑)。そんな思いになりましたよ。私が言いたいこと全部言ってくれている感じで。
- ルネ
- 松本先生も、自分の歌をよく知っている人に向けて書いているという感じで、「綺麗ア・ラ・モード」にはいろいろなエッセンスが感じられるんですよね。「探偵物語」(薬師丸ひろ子)の「♪透明な水の底 硝子の破片(かけら)が光る だから気をつけてね」の面影を感じるし。
- 彩
- 松本先生の歌詞には、色合いに必ず透明感がありますよね。絵で例えると、私の中では水彩画なんです。水彩画とかパステルとか。阿久悠さんなんかだと、もう少しベタっとした油絵とかそんな印象があります。
- ルネ
- 分かります。中間色ですよね。
- 彩
- 中間色だと康珍化さんと林哲司さんの一連の作品もですよね。
―「ドライ」と「水彩画」というワードに僕もすごく共感しましたが、そこが松本先生の普遍性に繋がるのでしょうか?
- ルネ
- それって、印象派の絵が日本で好まれるのと一緒で、普遍的な理想のかたちや洗練されたものの一形態かもしれないですよね。だから古くならないのかもしれない。
- 彩
- そうかもしれないですね。みんなが心の中で好きだっていう最大公約数的なものを無意識に分かって、それを必ず作品に反映しているって感じがします。
- ルネ
- 飛び抜けてセンスがいい人が最大公約数的な美しさをかたちにすることが出来れば、それは普遍的なものになりますよね。
- 彩
- だから、それが残っていて、今の人もそれが歌いたいって思いになるのかもしれないですね。
あと、90年代以降に作品を絞ったところがいいですよね。あそこで続けて書いていたら、もっと消費されて、違ったものになっていたかもしれないなって気がします。 - ルネ
- そうですね。でも完全にリタイアしたわけではなく、「硝子の少年」(KinKi Kids)みたいにキメる時はキメるっていうのが…。
- 彩
- 硝子の少年! あれを聴いた時は本当に鳥肌が立ちました。
- ルネ
- 松本隆先生の作品だって分かりますよね! 今のコたちの前に最良のかたちで松本隆の歌詞が現れたっていう感じですよね。
- 彩
- 1997年ですよね。あの頃のジャニーズアイドルに一番ピッタリなところをバーンと出して、私はもうその頃は大人でしたが、「あぁ… いいな!」ってなりました。
― ど真ん中でしたね。作品が少なくなっても、ここぞって時に出し切れる人なんですよね。でも、そこに一点集中したという印象もないですよね。
- 彩
- 「硝子の少年」って、永遠にそういう男の子に憧れますよね。
- ルネ
- 松本先生らしい情景描写もふんだんに盛り込まれているんですよね。「♪ぼくの心はひび割れたビー玉さ のぞき込めば君が 逆さまに映る」とか。
- 彩
- ビー玉って透明感があっていいですよね。松本先生って硝子好きですよね。たぶんキラキラした人だと思います。
- ルネ
- 瞳はダイヤモンドだし。「キャンディ」も透明感があってキラキラした宝石のような感じがしました。少女マンガの世界だなって思いました。
― その煌めきはきっと永遠なんだと思います。松本先生が作詞家として過ごした50年という時間はどんなものだったのでしょうか?
- ルネ
- それは長い時間だったのか、短く感じたのか、想像もつかないです。松本先生の作品の特徴に、時間感覚が独特っていうのもあると思う。「蒼いフォトグラフ」の恋の最中に恋の終わりを考えてる感じとか、「1969年のドラッグレース」(大滝詠一)の「♪君が言うほど時間が無限に無かったことも 今ではよく知ってる」って歌詞とか。ある時間が永遠に続くような感覚と、始まる前から終わっているような感覚。松本先生の時間の中では… 予めすべて完成されていたような気もするので、この50周年を「長いキャリアですね」って言う言葉では括れないのかも。
- 彩
- 松本先生は「タイムトラベル」ではないですが、ずっと今でも時間旅行をやっているんじゃないかな… って思っています。
彩
1965年生まれ。雑食系オーディエンス。洋邦問わずポップミュージックの沼に堕ちて40年超。ラジオから流れる数多の作品に耳を育てられました。アイドル歌謡曲もクラシックもロックもジャズも、ポップな要素があれば年代問わず何でも聴きます。マニアックじゃない普通の人だと思っています。
郷ルネ
1994年生まれ。早稲田院生。オンライン昭和スナック「ニュー・パルリー」のママ。11歳の時、フィンガー5にシビれて以来、昭和に傾倒する日々を送る。70年代歌謡曲、80年代アイドル、グループサウンズ、渋谷系も好き。映画と古着好き。