対談企画

第3回松田聖子作品に隠された繊細な心情、
そして「風街」について


松本隆作詞家生活50周年。「世代を超えた女性たちに松本隆が愛される理由」と題し、4回に渡ってお届けする対談です。昭和生まれでリアルタイムに松本先生の歌を聴いて育った彩さんと、平成生まれで、松本先生の世界観にどっぷりはまったルネさんとの女子トーク。鋭い視点満載で松本隆先生の世界を考察していきます。
第3回は、「松田聖子作品に隠された繊細な心情、そして風街について」。松本先生の作詞家生活の中でも大きな位置を占める松田聖子作品について、歌詞の背景に隠された心情を紐解いていきます。そして先生の心の故郷である風街についてなど必読の話題が満載です。
「第1回 松本隆との出逢い」
「第2回 松本隆の歌詞の世界観を深堀り」

聖子ちゃんの「渚のバルコニー」のB面の「レモネードの夏」って曲があるんですが…。
ルネ
私も大好き!
あの曲の歌詞で「♪時が消した胸の痛み 忘れるのに一年かかったわ 逢いたいのは未練じゃなく サヨナラって涼しく言うためよ」って…。
ルネ
一年かかるって分かりますね。
これ最初に聴いた時は高校2年だったんですが、意味がまだ理解できなかったんですよ。その後、20代半ばでひどい失恋をして、忘れるのに、この歌詞のような時間がかかりましたよ。
ルネ
「レモネードの夏」ってハタチの歌じゃないですか「今は私も20才」って。私もこれを初めて聞いたのは中2ぐらいの時で、ハタチになったら歌詞の中の「自由に生きる事を憶えながら 一人で生きてる」みたいな気持ちになるのかなー… とも思ったのですが、あまりならなかった(笑)。まだそれが遠いもので、私の中で「レモネードの夏」っていつまでも遠い未来の憧れの歌なんです。
14歳の時、夢見たハタチのレモネードの夏は、ハタチになっても夢のままで。今も「あぁ、いつかこんな風に夏を想うのかもしれない」と思って楽しんでいるんです。いつまでも遠い憧れとして存在する、理想の夏を閉じ込めた歌だと思います。
そうよね。ギュっとね。10代の時に思っているハタチの自由さっていうのは、それは確かに自由だと思います。でもハタチになって自由なようで自由ではないところがいっぱい出てきて、それは30になっても40、50になっても何かしら不自由なものが出てきて… だからこの曲に憧れるっていうのがありますよね。
ルネ
そうですよね。自由に一人で生きている夏が訪れることはなくって、だから永遠に憧れの夏としてのこの曲があり続けるのかもしれないですね。
曲の中で歌われている年齢を過ぎても、間に合わなかったという感じは全然しませんでした。ただ、永遠の憧れとして在り続ける。たぶんこれから先もずっとそうなんだろうな。
松本先生の聖子ちゃんモノは永遠の憧れだと思いますよ。「蒼いフォトグラフ」もそうなんだけど…。
ルネ
私も大好きです! あの曲って、恋の一番楽しい最中で、それが終わることを考えている歌だと思うけど、実はいつまでもこの時間が続くとは思っていないから、この素晴らしい時間を写した写真を見つめてる歌。写真もセピア色に焼けるし、彼のことを好きな気持ちもなくなるかもしれないし… と思いながら、でも光と影の中で腕を組んでいるフォトグラフは、今、この時間だけは永遠という感じがして…。時間が過ぎ去ることの哀しさと愛しさを知っている人が書いた歌詞だと思って、すごく好きです。
今 “移ろい” って話が出ましたが、松本先生って、時の移ろいとか、風の移ろいとか、作品の中に必ず風が吹いている感じがします。空気の動きっていうんですか。そんな感じがします。
だから風街っていうのは、そういうものなのかなって思っています。
ルネ
時の移ろいに常に目を向けている人ですよね。松本先生が生まれ育った麻布と青山と渋谷の三角形が風街ですけど、松本先生が風街を意識するようになったのも、1964年の東京オリンピックで、都市開発が進んで、住んでいた街が消えてしまう…だからこそ、風街っていうのが特別なものになっていくと思うんですよね。
在ると、そのありがたみはあまり感じないと思うんですけどね。
ルネ
街も人の気持ちもいつか、移ろってしまうことを知ってる人。それも松本先生の魅力かもしれないですよね。

― 松本先生の歌詞には普遍的な魅力があると思います。でも、たとえば、先生が携わった松田聖子プロジェクトって、失敗が許されないわけですよね。そうすると、普遍性とは真逆の時代を切り取らなくてはいけない部分も大きいと思います。その辺のメリハリについて、お二人はどんな意見がありますか?

当時の世相とかは、結構切り取っていると思います。「赤いスイートピー」の中で「半年過ぎても手も握らない」ってありますが、当時はそれが普通だったと思います。すごく早い子は、その日のうちに手を握ってフルコースいっちゃうっていうのもあったと思いますが、そうじゃない人の方が遥かに多かったんじゃないかな。「タバコの匂いのシャツ」っていうのも普通にいたし、その頃の普通の大学生の日々にフォーカスしているな… っていうのもありましたよね。
あと女の子向けで言うと「未来の花嫁」(松田聖子)の中で「♪プロポーズはまだなの ねえ その気はあるの 瞳で私 聞いてるのよ」ってありますが、その頃、(聴いている人たちにフォーカスするラインもちゃんと押さえていたと思います。私は、その頃、(20歳の花嫁というのは)ちょっと早いんだけど、聴いている女の子が共感する部分をちゃんと押さえていたなって感じました。
ルネ
松本先生って出自が全然庶民的ではないですよね。青山でシティボーイの中のシティボーイという感じで… それでも大衆にヒットさせるものを書くことが出来たってすごいことだと思います。
出自はハイブロウな方だったと思いますが、作詞家として求められるものについては、ちゃんと世間を見ていて、ヒットするものを書けと言われたら、それはお仕事としてできたんだと思います。
「ハイスクールララバイ」とかもそうなんですけど、落としどころって言いますか、「♪下駄箱のらぶれたあ 読まずに破くとかあんまりさ」ってありますが、片思いとか、すごく普通にあることで、おそらく松本先生自身も過去に片思いを経験しているんじゃないかな… って。それに周りの人の話もあるだろうし、そういうところからいろんなヒントを拾っていたんだと思います。
ルネ
確かに。松本先生って、若い時の御写真を見たらクールで、稀代のモテ男って思いますが、人が好きな方だったのかもしれませんね。いろんなヒントを得たり…。
ヒントは結構いろいろなところから得ているんだと思いますよ。
ルネ
「ハイスクールララバイ」の中で「♪もじもじ問いかけた瞬間に 夕陽が落ちて来た」ってありますが、ここは現実の夕陽でははくて、テレビのセットの夕陽がバーンって落ちてくる印象があります。これって、当時のバラエティ番組の風景まで表現してる感じがして… そういう時代の落とし込み方もさすがですよね。

<次回予告:7月18日(日)掲載予定>
80年代に圧倒的な共感を生んだ松本先生の楽曲ですが、他の有名作詞家との圧倒的な違いはどこにあるのか?
お二人が時代を俯瞰しながら、その魅力に迫り、後世に及ぼした影響まで考察していきます。

1965年生まれ。雑食系オーディエンス。洋邦問わずポップミュージックの沼に堕ちて40年超。ラジオから流れる数多の作品に耳を育てられました。アイドル歌謡曲もクラシックもロックもジャズも、ポップな要素があれば年代問わず何でも聴きます。マニアックじゃない普通の人だと思っています。

郷ルネ

1994年生まれ。早稲田院生。オンライン昭和スナック「ニュー・パルリー」のママ。11歳の時、フィンガー5にシビれて以来、昭和に傾倒する日々を送る。70年代歌謡曲、80年代アイドル、グループサウンズ、渋谷系も好き。映画と古着好き。

司会・構成:本田隆(リマインダー)
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