対談企画
第2回松本隆の歌詞の世界観を深堀り
松本隆作詞家生活50周年。「世代を超えた女性たちに松本隆が愛される理由」と題し、4回に渡ってお届けする対談です。昭和生まれでリアルタイムに松本先生の歌を聴いて育った彩さんと、平成生まれで、松本先生の世界観にどっぷりはまったルネさんとの女子トーク。鋭い視点満載で松本隆先生の世界を考察していきます。
第2回は、「松本隆の歌詞の世界観を深堀り」。松本隆の作品の世界観とは? 近藤真彦の一連のヒット曲から「しあわせ未満」など、四畳半フォークを思わせる松本先生の世界とは対極の位置にあるように思える楽曲まで、お二人の鋭い視点で考察していきます。
→「第1回 松本隆との出逢い」
- ルネ
- 男性、女性、どちらに感情移入して聴いたとかありましたか?
- 彩
- 「木綿のハンカチーフ」は)私はやはり女の子のほうですよね。でも、自分が就職してから男の子目線にも共感できるようになりました。
- ルネ
- 私、逆で、小学生の元気のいいときは、「メソメソしやがってこの女(笑)」みたいに思っていましたが、大人になってからは、どうしてもついていけない部分はあるし、変わっていく人を見るのがつらい気持ちもあるよね… って分かるようになりました。
― そういう年を重ねて見方が変わった松本先生の楽曲って他にもありますか?
- ルネ
- 松本先生が担当したマッチの一連の作品は、大人になって見方が変わったかもしれないですね。例えば「ハイティー・ンブギ」。最初は、不良が流行っていた時代の歌だわー… って、何となく聴いていたんですよ。「♪お前が望むならツッパリもやめていいぜ」って世界もあるんですね、と。大人になるにつれて、これは根っからの不良じゃなくて本当は繊細な少年が不良をやっているっていう設定の曲だったのかも… っていうのが分かってきて、どんどんマッチが可愛く見えてきたんです…(笑)。
「ふられてBANZAI」の歌詞に「♪波に打たれくちづけした 最後まで絵になってるぜ」というのがあるけど、ここからも、もう周りが見えないほど感情的になってしまうという本物の不良ではなくて、客観的に、一歩引いたところから「今の俺カッコいいかな?」って見ている男の子を想像しちゃいます。
自分の年齢が上がるにつれて、曲の主人公の心の襞の読み取れる数が増えていくような気がします。そういう深さがあるんですよね。
「ハイティーンブギ」の歌詞は逆にサラリと聴こえる部分もありながら、「♪未来を俺にくれ」でハッとしましたね。 - 彩
- 「未来を俺に…」っていうのは確かにグッときますよね。そこしか残らないと言ってもいいぐらい。ものすごいパワーだと思いますね。
- ルネ
- 松本先生の歌詞は、ワンフレーズにパワーがこもっているのと、たくさんの情景描写と固有名詞から全体像が立ち上がってくるのと2パターンありますよね。
「風立ちぬ」は後者かも。「SEPTEMBER」は2つのパターンが共存していますね「辛子色のシャツ」とか「トリコロールの海辺の服」とか情景描写も美しい色彩感覚も固有名詞もありつつ、「♪借りていたDictionary 明日返すわ “LOVE” という言葉だけ切り抜いた後」というパワーワードが心に入ってきますね。 - 彩
- 返した後で、そこを見るかどうか、気が付くかどうか分からないけど、私が借りた足跡だけは残すわ… という感じで。
― ここまで様々な視点で考察をするおふたりのお話を伺っていると、「一番好きな曲」ってなかなか決められないですよね…
- 彩
- 私は、これだけは絶対というのがあります。南佳孝さんの「冒険王」ですね。『冒険王』というアルバムがあって、その中のタイトルチューンです。 最後のフレーズで「♪君を愛している わかるだろう もしも帰らなければ 忘れてくれよ…」ってあるんですが、要するに、どこか戦争なりに行っちゃうわけですよ。たぶん帰れないとなって、「忘れてくれよ」というのですが、そう言われたら絶対に忘れられないですよ…。
- ルネ
- これは絶対忘れられないですね…。そして「忘れないだろう」って思いながら言葉にしている歌ですね。
- 彩
- そうそう。松本先生は、こういう作風が多いんですよ。「これ言ったらアカンやろ」っていう… そういうの結構ありますよ。太田裕美さんの「しあわせ未満」とか。
- ルネ
- 「しあわせ未満」には思うところがいっぱいありますよ。あれは深いですよね。
- 彩
- 歌詞の中の「♪家柄のいい もっと利巧な男さがせよ」みたいな…。
- ルネ
- 今さらそんな言葉言われても… 引き返せなくなってから言う言葉ではないってなりますよね。
「しあわせ未満」の歌詞って、松本先生の世界観ではない感じがして。 - 彩
- どちらかというと、四畳半フォーク的ですよね。
- ルネ
- そうなんですよね。四畳半フォークの世界って松本先生の世界とは対極にある世界だと思うんです。
- 彩
- 「♪部屋代のノックに怯える…」という歌詞にしても…。
- ルネ
- そうなんですよ。こう言うと語弊があるけど、どのくらい本気で書いたんだろうって初めは思ってました。時代のニーズに答えてビジネスライクに書いたのかな? 歌謡曲的なものを書こうとしたのかな? とか… 今までは自分の中で問題作だと思っていたのですが最近考えが変わりました。歌詞の中のふたりも、この時代の中で新しいことをしようとしていたんでしょうね。私が「しあわせ未満」に抱いた違和感は、常に新しいこと、ヒップなことをしていた松本先生が、ひとつ前の時代のウェットな世界を書いているのかな? という不思議だったんですよ。
- 彩
- 同棲歌謡ブームっていうのがあの時代にあったんですよね。かぐや姫の「神田川」や野口五郎の曲でも結構ありますけど、その辺から流れてきていて、同棲というのが結構新しかったんです。
結婚する前に一緒に住むというのは、今は普通ですが、珍しかった時代にそういう風な人たちを描くっていうのが、新しかったのかな…? - ルネ
- 同棲歌謡がブームになった当時の感覚では、同棲ははっきりと “罪” だったと思うんですよね。でも、太田裕美さんが「しあわせ未満」を歌った時点では、罪ではあるものの、普通の善良そうな男女も選びうる選択肢になっていたっていうことなのかな… って思って。それは、時代の先端を切り開いてゆく新しさとは違う、今までは決められたレールを歩くしかなかったような気が弱い男女が、新しい選択肢を選べるかもしれなという新しさですよね。ふたりは確実に新しいことをしているという歌だと思うと、見方が変わりました。
- 彩
- そうなんですよね…。私が最近思ったのが、あの世界は、年を重ねた人たちにも通じるなってことですね。男女がずっと一緒にいてもトラブルは発生しますよね。若い時だったら、一緒にいて部屋代が滞ったり、慣れない水仕事に… っていうのもありますけど、「もてないぼくを何故選んだの」や「もっと利巧な男さがせよ」っていうのは若いときだけに通じる話ではなくて、もっと年齢を重ねてからも、そうすればよかったのに… ってなるかもしれない。けど、何年も何十年も一緒にいたらそういうわけにもいかないでしょ? そういうことを感じさせてくれるという意味では若い時だけの話じゃなくてもっと大人になってからもこの曲でジーンとくる時はあるよね。
- ルネ
- 本当ですね。松本先生の歌詞って、人生のどの時期においても、「あれだ!」って分かる時があるのかもしれないですね。ある一時の事ではなくて、何歳になっても感じるかもしれない気持ちなんですね。
<次回予告:7月17日(土)掲載予定>
第3回は、松本隆×松田聖子。
80年代に輝かしい軌跡を残した松本先生が手掛けた一連の松田聖子作品や、
松本先生の心象風景である、風街についてなど、松本隆作品の本領についてのトークを展開。お楽しみに!
彩
1965年生まれ。雑食系オーディエンス。洋邦問わずポップミュージックの沼に堕ちて40年超。ラジオから流れる数多の作品に耳を育てられました。アイドル歌謡曲もクラシックもロックもジャズも、ポップな要素があれば年代問わず何でも聴きます。マニアックじゃない普通の人だと思っています。
郷ルネ
1994年生まれ。早稲田院生。オンライン昭和スナック「ニュー・パルリー」のママ。11歳の時、フィンガー5にシビれて以来、昭和に傾倒する日々を送る。70年代歌謡曲、80年代アイドル、グループサウンズ、渋谷系も好き。映画と古着好き。