第3回セルフプロデュース力に惹かれる!
中森明菜×リマインダーとして5月から大特集しています。82年のデビュー曲「スローモーション」からワーナー時代にリリースされた楽曲を連日ピックアップ。これに引き続き6月9日に明菜さんのワーナー時代全タイトルを網羅したシングルボックス『ANNIVERSARY COMPLETE ANALOG SINGLE COLLECTION 1982-1991』がリリースされます。これを記念して平成生まれ女子が語る「私と明菜ちゃん」というテーマの鼎談にしていきたいと思います。第3回は、中森明菜のセルフプロデュース力の話になりました。
― 今までは中森明菜のパフォーマーとしての素晴らしさが話題の中心だったと思いますが、ここからは、歌以外の魅力について語っていただきましょう。また、どの部分に共感するのかという自分たちと明菜ちゃんが近い目線で話してくれたらと思います。
- さにー
- パフォーマンス、歌唱力、表現力… どれも素晴らしくて、トップに君臨しているじゃないですか。
私が明菜ちゃんと出会った時は人生の中で悩んでいる時期だったんですね。そんな時、手の届かない存在であるにも関わらず、この人なら自分を分かってくれるんじゃないかという感覚があったというか、自分の心が弱っていた時だからこそ深くハマっていったと思うんです。自分の心の中の「そこはやめて!」っていう急所にナイフを刺されたというか、そういうところにハマっていったと思います。この人なら私に共感してくれるのではないか… という拠り所みたいな感じがありました。 - アヤ
- 私は『スタ誕』(スター誕生)に3回出ているところに激しく共感するんです。あの中森明菜ですらスタ誕に3回出ているというのは、私たちがいる世界から唯一中森明菜を身近に感じるエピソードで、同時にすごく尊敬もしています。明菜ちゃんって孤高の天才肌のイメージがあるじゃないですか。むしろ聖子ちゃんの方が3回出てそうって思っていました。有名な話ですが1回目は、審査員から「大人の曲を歌うな」とか言われて、2回目は「童謡でも歌ったら」って言われて、3回目にイメージを少し変えて、やっと合格した。それってまさに「1/2の神話」だなって。なりたい自分とか背伸びしたい自分っていうのがあって。自分らしさとか、何をやれば自分が映えるか、素敵に映るかというのは、誰しも探しているところはあると思いますが、明菜ちゃんだって3回変化してデビューを掴み取ったのだと思うと安心できるんです。
- ルネ
- あの明菜ちゃんでさえ、自分らしい自分を探す旅をしていたんだ… という感じですよね。
- アヤ
- そうそう。3回目のスタ誕の映像を観た時に、歌は「夢先案内人」で色っぽく歌っているんですけど、自己紹介の時に「中森明菜です!」て、あの明菜ボイスではなく、子どもっぽい感じなんです。自己プロデュース力が備わっていない感じがして、明菜ちゃんですら、ああいうセルフイメージを作るまで模索していったんだっていうのが共感ポイントですね。
- ルネ
- 共感、それは本当に難しいですね。おこがましすぎて…。だって中森明菜って、4歳から14歳まで休みことなくクラシックバレエに通っていて、バレエの先生にも将来はダンサーになると思われていたんですよ!?そんなに幼い頃からプロ意識が高い人に、共感できるところなんて、ひとつも… って思ったりもしたんですが、スタ誕の初回で落とされた理由が、年齢のわりには大人すぎて、若々しさに欠けていたことだったという話に思うところありました。私はフレッシュさや若々しさがないということに悩みながら生きてきたので(笑)。
今私たちが明菜ちゃん像として思い浮かべる姿は、キャピキャピした部分ではないですよね。明菜ちゃんだけが持っている、ダークな部分やアンニュイさとか。だから、自分が今まで弱みだと思っていたところが後から活きてくることがあるというのが分かったんです。そんな中森明菜の生き方から、を自分の戦略を考えるみたいな(笑)。 - アヤ
- そうなんですよ! セルフプロデュース度がすごい!
- ルネ
- 明菜ちゃんを見ているとセルフプロデュースについて学ぶことができるんです。
- アヤ
- それと、あの中森明菜も2回落とされたことがあるんだ… っていうのを辛いときに思い出します。
- ルネ
- 本当にそう! それ、座右の銘、ことわざのようにしたいですね。
- アヤ
- 人は変わるし、選ぶ側も間違えることがあるという意味で。
- さにー
- セルフプロデュースという観点から見ると、衣装とか、振り付けとか、そういうところもあると思うんですが、そういう部分が好きな楽曲ってありますか?
- ルネ
- そういう部分だと「TATTOO」かな。23歳になる明菜ちゃんの歌なんですけど、子どものときから大人っぽかった明菜ちゃんが完全に大人と言われる年齢になって、こうして花開くのか… というのと、今までなら年齢にそぐわないと言われたであろう衣装とか、アイドルっぽくないと言われそうな歌い方が、明菜ちゃんの良さに転じて、炸裂していると思えて好きなんです。
- アヤ
- セルフプロデュースというと楽曲ではないのですが、話し方かな。これは百恵ちゃんとかにも共通すると思うのですが、あの落ち着いた吐息まじりの話し方というのがすごくいいなぁ… っていうか彼女にしかないものだと思っていて…。
私は、地声が低くて、平成以降ってキャピキャピボイスのアイドルが多いからずっとコンプレックスだったんです。だけど明菜ちゃんの低いトーンで、落ち着いてしゃべるというあの感じを初めて聞いた時は新鮮に感じました。後天的にそれをしていたのは、魅力の出し方をよく知っていたんだなと思います。アルバム『ファンタジー』の冒頭に「明菜から」という当時流行ったモノローグでの語りかけが収録されているんですよ。ファンへのメッセージ的なものなんですが、バックに流れるBGMも素晴らしい上に「ボーイフレンドいますか?」「ガールフレンドいますか?」「いいレコード聴いていますか?」って明菜ちゃんがやさしく語りかけるてくるんです。当時聴いていたファンからしてみれば、アルバム1枚3,000円近くして、少ないお小遣いの中から選抜しなくては買えないわけですよね。
私はSpotifyで最初に聴いちゃったから「明菜から」というトラックがあるんだなっていう情報を知っていたけど、でも3,000円でアルバムを買って針を落とした瞬間に「ボーイフレンドいますか?」流れてきら、明菜ちゃんからのプレゼントだと思っちゃいますよね。今だとYouTubeとかPodcastとかでアーティストがしゃべるのは普通に聴ける時代ですが、当時アイドルの語りかけが針を落とした瞬間に流れてくるというのは、たまらない時間だったんだろうな… って。ちょっとセルフプロデュースの話からずれてしまいましたが、“語り” というのも明菜ちゃんの魅力のひとつだと思います。 - さにー
- わかります!話し方もそうですし、明菜ちゃんって書く文字も魅力的なんですよね。当時は丸文字が流行っていたじゃないですか。いろんなアイドルが丸文字で書いている中、明菜ちゃんってシュッシュっていう明菜さんらしい字を書くんですよね。そこからも他のアイドルとは一味違う魅力というのを感じました。
- ルネ
- そういえば、明菜ちゃんってお洗濯もすごく上手なんですよ。アイドルって不完全性を愛でるものだから「目玉焼き作れない」みたいなところに価値がおかれると思うんですが、そこも違うんですよね。
明菜ちゃんが洗濯物を干す動画を見たことがあるんですが、びっくりするぐらいピシっとしていて、この人生活の隅々まで美しいんだなぁって、硬派な女性作家の暮らしぶりさえ思い浮かんだものでした。 - アヤ
- 文字とかにも、その人らしさが出ると思うんですが、ダウンタウンと明菜ちゃんがしゃべっている動画を観た時に、「床をピカーって磨くんですよ」という場面があって、これは何度も観ちゃうぐらい好きで床をピカーって磨く人もパフォーマンスなんだな… って思いながら明菜ちゃんのステージを観ています。
床をくまなく磨く緊迫感だとか、その美意識がパフォーマンスに表れていると思います。それでいてバラエティの明菜ちゃんってめっちゃ面白くないですか? アニメ声の明菜ちゃんとかたまにやってくれて、聖子ちゃんのモノマネ照れながらやってくれたりとか。 - さにー
- それは最高のギャップですね。80年代中盤になってくると可愛い明菜ちゃんから「美しい明菜さん」になっていって、時代に合わせて強めのメイクになっていきますが、素顔にはずっと童顔のかわいらしい明菜ちゃんが残っていたりしますよね。
- アヤ
- そう!「本当は垂れ眉なの」っ言いながらメイクしている動画もあって、本当に気取らないですよね。
<次回予告>
平成生まれ女子による中森明菜鼎談「私と明菜ちゃん」いよいよ最終回です。
昭和ポップスの中で燦然と輝く中森明菜の軌跡。今の時代の音楽とはどの部分が決定的に違うのか? お楽しみに!
さにー
Webサイト「あなたの知らない昭和ポップスの世界」を運営。昭和ポップスに興味を持った若者を沼の底まで引きずり込むべく各種活動をしている。
後追い世代のためのコミュニティ「平成生まれによる昭和ポップス倶楽部」でコラム執筆中。
NHK第1にて「さにーのZOKKON!昭和ポップス」に出演。(毎月第2・第4金曜 10:33 〜10:50)
Twitter : @syowa_suki
ミヤジサイカ(アヤ)
昭和的サロン「ニュー・パルリー」の店主。昭和カルチャーをテーマにしたイベント・企画をオンライン上で運営する。昭和歌謡についてのエッセイを執筆。歌謡曲バーでのアルバイトを経験。昭和の音楽と共にある人の思い出を聞くのが好き。安井かずみに憧れており、六本木のレストラン「キャンティ」をきっかけに”サロン”に興味を持つ。
Twitter : @aya_parlee
郷ルネ
昭和的サロン「ニュー・パルリー」の店主。昭和カルチャーをテーマにしたオンライン上のイベント・企画を運営する。学生時代は手書きのミニコミ誌に記事を書いたり、ゴールデン街でアルバイトをしていた。11歳の時、フィンガー5にシビれて以来、昭和の風景や文化に傾倒する日々を送る。70年代の新宿、80年代の新興住宅地、90年代の渋谷の景色とそれに似合う音楽が好き。
Twitter : @rune_parlee