岩崎宏美ロングインタビュー

最終回 名匠が愛した稀代の歌姫
―― 令和も走り続ける岩崎宏美


筒美京平が岩崎宏美に提供したオリジナル曲は74曲。名匠が生涯こだわり続けたヒット狙いのシングルA面曲は女性歌手最多の18曲にのぼる。それだけ創作意欲を刺激する歌い手だったのだろう。その愛情に応えるがごとく、岩崎は自身のコンサートで「筒美京平ヒットメドレー」を定番企画として歌唱。2019年にはカバーアルバム『Dear Friends』シリーズの第8弾として、筒美の楽曲で構成した『筒美京平トリビュート』をリリースした。さらに今年は10月20日に『筒美京平シングルズ&フェイバリッツ』を発売。11月24日にはやはり筒美の門下生である野口五郎とのデュエット曲「好きだなんて言えなかった」をリリースし、ジョイントコンサートの開催も発表されるなど、多忙な日々を送っている。最終回は近年と今後の活動について話を聞いた。
第1回→「京平ディスコ」の体現者としてヒットを連発 ―― 1970年代の岩崎宏美
第2回→アイドルからアダルトポップスのディーヴァへ ―― 1980年代の岩崎宏美

―― 令和の御代になった2019年、宏美さんは『Dear FriendsⅧ~筒美京平トリビュート』をリリースされました。収録曲は1970年の「雨がやんだら」(オリジナル:朝丘雪路)から1994年の「人魚」(オリジナル:NOKKO)までバラエティに富んだ10曲。ご自身の「恋人たち」(1979年)もセルフリメイクされています。

岩崎
デビュー前から大好きだった筒美先生のメロディですから、どの曲を歌わせていただくか、悩みながらも楽しい選曲でした。嬉しかったのは、筒美先生からメッセージをいただけたこと。当時の担当ディレクターだった飯田久彦さんに「元の曲のアレンジをあまり変えずに歌ってくれてありがとう」という感想と「宏美さんらしく丁寧な歌い方で心に染みた。自分の友人にも贈りたいからCD20枚を送ってほしい」ということを電話で伝えてくださったんです。

―― それは嬉しいですね。その翌年に先生はお亡くなりになってしまいましたから、間に合ってよかったという気もいたします。晩年は体調を崩されていたそうですが、お話する機会はありましたか。

岩崎
最後にお会いしたのは青山のスポーツクラブでした。10年くらい前だったかな? ストレッチをされていた先生をお見かけしたので「筒美先生!」ってご挨拶したんです。そうしましたらジムの若いスタッフが「宏美さん、渡辺さんをご存じなんですか?」って。

―― 先生のご本名は渡辺栄吉さんですからね。

岩崎
そう訊かれたので「なに言ってるの!渡辺さんは日本のポップス界を担っている筒美京平さんですよ」って紹介しましたら、みんなびっくりした顔をして。先生は照れ笑いをされていましたけれども、きっと内心「この人は相変わらずだなぁ」と思っていたんじゃないかしら(笑)。

――『Dear FriendsⅧ~筒美京平トリビュート』の翌年、2020年4月25日にはYouTubeで岩崎宏美公式チャンネルを開設されました。

岩崎
その日はデビュー45周年のコンサートがある予定でしたが、コロナ禍で中止になってしまって。でも自分がデビューした4月25日という記念日には何かをしたいと思ってYouTubeチャンネルを立ち上げました。この1年半、以前のようにコンサートを開催できる状況ではありませんでしたから、主に過去のライブ映像などをご覧いただいています。

―― 多い時は年間50本近いステージで歌われていた宏美さんですが、コロナ禍で多くが中止や延期となりました。

岩崎
特に去年(2020年)は何もできなかったという印象です。2月にツアー(『もうすぐ45周年!岩崎宏美コンサートツアー~残したい花について~』)を終えたのですが、それ以降はステイホームで。8月に東京のコットンクラブでアコースティックライブを2日間開催したのですが、久しぶりすぎて前日に熱が出ました(笑)。その時に気づいたのは歌に対する自分の想い。それまでは当たり前のように歌っていた日々が実は当たり前ではなくて奇跡のようなことだったんだって。自粛期間中に「自分はこれだけ歌うことが好きなんだ」ということが分かったのは、良かったことだと捉えています。

―― 昨年12月には大阪フェスティバルホールで10ヶ月ぶりのホールコンサート。セットリストを拝見すると、ほとんどが10月にお亡くなりになった筒美先生の楽曲でした。

岩崎
特に第1部はすべて筒美先生のナンバーでしたが、それは偶然だったの。妹(岩崎良美)と一緒に「にがい涙」(オリジナル:スリー・ディグリーズ)もデュエットしましたが、これからも大切に歌い続けていくことが先生への供養だと思っています。

――同じ頃、宮本浩次さんが「ロマンス」をカバーして、大きな話題となりました。ご本家はどうお感じになりましたか。

岩崎
初めてテレビで拝見した時、感動しました。こういうロックな「ロマンス」もあるのか!って。カバーアルバムも聴かせていただきましたが、宮本さんは日本語を丁寧に歌われているのが素敵ですよね。私にとっては自分の歌を見つめ直すきっかけにもなりました。

―― 今年はご自身のライブも徐々に再開。4月には国際フォーラムで開催された筒美先生のトリビュートコンサートにも出演されました。

岩崎
1日目(4月17日)は自分のコンサートと日程が重なっておりましたので、2日目(4月18日)だけ出演させていただいて。ヒット曲だらけのすごいコンサートでしたから、客席で観ていたいという気持ちもあったかな(笑)。私は「ロマンス」と「シンデレラ・ハネムーン」を歌いましたが、バンドが最高だったじゃないですか。船山(基紀)さんの指揮で、素晴らしいミュージシャンたちの演奏とアマゾンズのコーラスで歌えたので心が躍りました。きっと先生も天国で喜ばれていたと思います。

―― 今回リリースされた『筒美京平シングルズ&フェイバリッツ』は宏美さんが監修・選曲された企画なんですよね。

岩崎
CD2枚組のアルバムで、1枚目はシングルA面になった18曲、2枚目はシングルA面以外から私がセレクトした19曲で構成されています。限定盤付属のDVDには1983年のリサイタルで歌った「筒美京平メドレー(センチメンタル~未来~ファンタジー~私たち)」も収録していますので、この機会にいろんな方にご覧いただきたいですね。

―― 筒美先生の楽曲は秀作揃いですから、選曲にはご苦労されたのではないでしょうか。

岩崎
はい、相当悩みました(笑)。数ある楽曲の中から、まず自分の思い出に残っている曲、それから今の岩崎宏美からはなかなか発することができないサウンドの曲を中心にセレクトして。あの時代の楽曲は、今同じことをやろうとしても再現できないと思うので、その点を是非、当時の岩崎宏美をご存じない方にも聴いていただけたら嬉しいですね。

―― 選曲にあたって、過去の曲をたくさん聴き直されたと思いますが、その作業を通して気づいたことなどはありましたか。

岩崎
歌声に迷いがないなと。歌詞の意味についても分からないことだらけだったはずなのに、あたかも分かっているような歌い方をしているので、我ながらすごいなと思いました。あははは。

―― コンサートにニューアルバムと多忙な日々を送られる宏美さんですが、さらにビッグニュースが飛び込んできました。なんと野口五郎さんとのデュエット曲をリリースされるとか。

岩崎
そうなんです。きっかけは昨年11月、『大人の名曲ライブ 今宵☆jazzyに!7』(BS日テレ)という番組で、五郎さんや三浦祐太朗さんとご一緒したことでした。

―― 五郎さんは今年がデビュー50周年、宏美さんは46年。ともに長いキャリアを持つお二人ですが、ミュージカル『レ・ミゼラブル』の日本初演公演(1987年)ではマリウス役とファンティーヌ役で共演もされています。

岩崎
私は五郎さんのことを「ゴロリン」って呼んでいるのですが(笑)、ミュージカル以外ではあまり接点がなかったんですよね。デビューした頃、五郎さんはすでに大スターでしたし、ある時、歌番組で私が足を組んで座っていましたら「女の子が足なんて組むものじゃないよ」って。それで気難しい人というイメージを持ってしまって…。でも昨年の番組で洋楽をデュエットすることになり、その選曲について2人で打ち合わせをしたら、すごくスムーズに話が進んでいったんです。

―― 意気投合といったところでしょうか。

岩崎
1985年だったかな? 私が香港でコンサートをした時、お土産にタイガーバームという軟膏を五郎さんにお渡ししたことがあるんです。私はそれをすっかり忘れていたんですけど、最近話をしていましたら「まだ持ってるよ」と写真を送ってくださって。「宏美ちゃんから貰ったものだから使わずに大事にとっていた」と言われて「なんだぁ。本当は優しい人だったんだ」って思いました(笑)。

―― そのゴロリンとのデュエット曲「好きだなんて言えなかった」(作詞:松井五郎、作曲:森正明、編曲:中川幸太郎)が11月24日にリリース。さらに愛知・大阪・東京で、ジョイントコンサート『野口五郎・岩崎宏美 2021プレミアムコンサート~Eternal Voices~』も開催されます。

岩崎
いわゆる2枚看板でコンサートを行うのはデビュー46年目にして初めての経験。あの時代から今まで、元気に活動を続けている人たちは数少ないですから、野口先輩と一緒のステージに立てることは奇跡のようなことだと思っています。先日、選曲会議をしたのですが、お互いの案を持ち寄ったらすんなりと決まって驚きました。『レ・ミゼラブル』もそうですし、2人とも筒美先生の曲がたくさんある。実は共通点がいっぱいあったんですね。五郎さんから教わることもたくさんあって、このタイミングでご一緒できること、そして新しいことにチャレンジできる環境に感謝しています。

―― 益々のご活躍を楽しみにしております!

(取材・構成/濱口英樹)


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