対談企画
第3回松本隆が紡ぐ言葉のマジック
松本隆作詞活動50周年を記念したリマインダーオリジナル対談企画、「平成生まれと昭和生まれ、松田聖子の歌に出てくる男の子、女の子」。世代も性別も違うリマインダーのカタリベ二人の対談から、今なおファンの心を捉えて離さない歌詞の魅力について掘り下げていきます。
第3回は松本隆が紡ぐリリックが男女どのような部分に響くのか、アルバムに収録された隠れた名曲にも触れながら、そこに彩られた言葉のマジックについて語り尽くします。
第1回 → 「松本隆作品の魅力、キーワードは『少女マンガ』」
第2回 → 「松本隆が描く歌詞の中の男の子、女の子」
- アヤ
- 聖子ちゃんファンの男子は、登場する女子が可愛いと憧れるのか、それとも作品の中に自分を当てはめて聴いていたのか気になるところです。
- ししゃも
- 自分は、両方ですね。もちろん可愛いというのもあるし、自分に当てはめて、こんな恋愛できたいいなと思いながら聴くのですが、まぁできないパターンのほうが多かった(笑)。
「Rock’n Rouge」とかは、自分を当てはめて聴いていましたよね。歌詞のようにはできないけど、こういう風にしたら女の子に振り向いてもらえるのかな? とかね。そういう感じでは聴いていたので、他の女性歌手との一番大きな違いはそこかなと思います。松田聖子の曲は歌詞の中の登場人物の心情にまで入り込んで聴けるという魅力がありますね。 - アヤ
- 男子が少女マンガを読むというイメージを感じます。
- ししゃも
- 自分は姉がいるので、子どもの頃から少女マンガを読んでいたんです。だから余計に入りやすかったのかもしれない。男子って意外に少女マンガ読んでないようで、読んでいるんです(笑)。
リアリティのある少年マンガが浸透し始めるのは80年代の中ごろから後半ですよね。それまでは戦隊ものとかファンタジーものがほとんどだったので。自分はそこに入れなくて。だから、男子もリアルなものを求めていた時代だと思います。そういう意味では入りやすかった。
80年年代の前半って、明菜さんが「少女A」を歌った頃がきっかけなんでしょうけど、わりと挑発系の歌詞が流行ったんですよね。結構ギリギリでヤバいやつ(笑)。でも、聖子さんの曲にはそういう内容の歌詞はないですよね。そういう意味でも男子側からすると、あまりに露骨なものを出されても戸惑ってしまうので、そういう意味でも聴きやすかったのかもしれませんね。
― おそらく松本先生は男性のファンを想定して詞を書いていると思うんです。そこに逆に女性が共感したということですよね。
- アヤ
- そうなのかな? あまりにも女子の目線過ぎるから、女子が思う感情を松本先生が書いているというのが今日歌詞を見返して改めて不思議だなって思いました。そう考えると、意外と男子も乙女チックなものが好きなの? って思えたり…。
― やはり歌詞に弱さが出ているから、松本先生が自分の中に持っているものかなと思ったりもします。
- アヤ
- 今日、ししゃもさんに言っていただいた、ずっと主人公が変わらない。登場する相手の彼も同じかもっていうのを思うと、すごくしっくりきますね。
- ししゃも
- ほぼブレていないのかな… とは思いますね。
- アヤ
- それと、先ほど、挑発的な歌詞という話が出てきましたが、『Windy Shadow』の中の1曲目の「マンハッタンでブレックファスト」っていうのが好きなのですが、これは、聖子ちゃんがマンハッタンを旅行している最中にホテルで起きたら隣に男の人がいて、夕べ酔って覚えてないけど、顔を見たら好みのタイプだから一緒に朝ご飯食べましょう…。みたいな歌詞で、これを歌えるアイドルっていうのもいないよなって衝撃を受けました。
- ししゃも
- それは、言葉の紡ぎ方なんですよね。全くイヤらしくないし、危険な匂いもしないし、健康的に聞こえるんです。
この曲も歌詞を読むと「えっ!」っていう内容じゃないですか。言葉のチョイスもセクシャルなものを連想させるワードがないっていうところが聖子マジックなのかな。 - アヤ
- 聖子マジック! 確かに! 頭の中に浮かぶのは、ニューヨークでノリノリではしゃぐ聖子ちゃんと、海外のイケメンがいて、朝ご飯を一緒に食べましょうっていうシチュエーションが少女マンガの読み切りのような気分で爽やかに聴けるんですよね。ストーリーのつなぎ方がお洒落ですよね。
- ししゃも
- これが違う歌手が歌ったり、同じテーマで他の作詞家の方が書いたりとなると違うものが出来上がると思います。そこにリアリティのあるワードが出てくると生々しくなったりすると思います。かといってまったくファンタジーなわけでもない。
- アヤ
- 聖子ちゃんと松本先生が紡ぐ作品って、ゴールデンタイム感というか、8時から10時ぐらいまでに放送される王道的な感じ、みんなが楽しめるエンタメ感があると思っていて、そこに君臨する主役というイメージが聖子ちゃんにはありますね。
- ししゃも
- 聖子さんは、当時の女性の支持率が半端なかったんですよ。でも最初はバッシングが凄かった。それが「赤いスイートピー」前後でガラッと変わるんですよね。まさに手のひら返しじゃないけど、びっくりしましたよ(笑)。
- アヤ
- 男子が歌詞の中に自分を当てはめるように女子もそこに自分を当てはめるとヒロイン気分になれるという少女マンガっぽさがあると思っていて、たとえば「ハートのイアリング」の中の「♪スキーに行くわ 頭の中でこしらえた彼と一緒に」を聴いて、「聖子ちゃん、妄想の中の彼とスキーに行くんだ」とか、そんな風にいつもモテる女子ではなく、振られたり、デートを断られたり、それでもめげなかったり、意外と普通の女の子っぽいのがいいなとも思います。
- ししゃも
- そう! 男の人を手で転がしている感じの曲もあれば、振られたりというのもあったり、そういう部分に自分を当てはめて楽しんでいたのかなとは思います。
また、「セイシェルの夕陽」や「マイアミ午前5時」のように旅をさせてくれるんですよね。それこそ、当時の自分はセイシェルにも行ったことがないし、マイアミにも行ったことがない。でも旅行している気分にさせてくれるんですよね。 - アヤ
- 80年代の少女マンガって、ヨーロッパの寄宿舎学校の話とか、主人公が孤児だったりとか、寓話の世界の話が多いんですよね。80年代はネットも普及していないし、世界がすべて見えるわけではないから、異国に対して夢があって別世界なんですよね。ここではない何処かという物語が力を持っている時代だったので、それと同じよう行ったことのない場所を見せてくれたんだと思います。
― ししゃもさんが言った、“旅行している気分にさせてくれた” というのは、世界が今よりずっと広かった80年代だからこそっていうのもありますよね。
- ししゃも
- そうですよね。自分もまだ行ける年齢でもないし、それこそ、世界ってテレビで見るぐらいだったから。まさに憧れの世界。だからこそ、そこにすんなり入っていけたような気がします。
- アヤ
- ニューカレドニアが天国に一番近い島だった頃ですよね。
― その辺後追い世代のアヤさんはどうですか?
- アヤ
- 私自身が海外旅行にアクティブに行くタイプではないので、世界の広さを体感しているわけではないというのもありますが、子どもの時と今と比べても世界の広さがどんどん変わっていくなっていうのも思っていて。いい意味で閉ざされていたからこそ感じることが出来るロマンとか、物語が音楽の中から失われつつあるのを感じます。
だから、先ほどししゃもさんが言っていたような「セイシェル」だとか「マイアミ」みたいな部分に心を遊ばせて、どこかへ行くみたいなクリエイティブに出逢えることを求めたりはしますね。
<次回予告>
いよいよ最終回。
今も色褪せずに決して懐メロにならない、松本隆×松田聖子の数々の作品。
その理由が二人の考察から解明されます。キーワードは「ひとさじ、ふたさじのファンタジー」お楽しみに!
不自然なししゃも
ユーミンとPerfumeと80年代アイドルを
こよなく愛する50代の大阪在住のオッサン。
3人の姉から様々なジャンルの音楽の洗礼を受け、ガキのころから流行りの音楽にはそれなりに敏感だった。音楽の仕事に就きたくてピアノ調律師になるも限界を感じて早々に挫折。
お堅くサラリーマンになるも音楽は続けたいから今もユーミントリビュートバンドで鍵盤弾き。音楽を取り上げられたら間違いなく死にます。
ミヤジサイカ(アヤ)
昭和的サロン「ニュー・パルリー」の店主。昭和カルチャーをテーマにしたイベント・企画をオンライン上で運営する。昭和歌謡についてのエッセイを執筆。歌謡曲バーでのアルバイトを経験。昭和の音楽と共にある人の思い出を聞くのが好き。安井かずみに憧れており、六本木のレストラン「キャンティ」をきっかけに”サロン”に興味を持つ。