第2回平成生まれ、「ロンバケ」のジャケットについて語る。
(構成:本田隆)
まさにシティポップを象徴している永井博さんのイラストもロンバケの魅力のひとつ。このキラキラした世界観は、昭和ならではのものと限定できるのか…。平成生まれは、リアルタイムの僕ら以上に深く考察しているようです。
- 昌太郎
- ジャケットはどうでしたか? 僕は配信の時代に育っていないので、ジャケ買いという言葉がまだあったんです。だからジャケットで買って、いいなと思えるのもあったし、これダメだというのもあった(笑)ジャケットの感じはどうでしたか?
- ルネ
- もう本当に衝撃を受けましたね。まず、プールサイドに誰もいないのが素敵だった。
- アヤ
- プールサイドっていいものですよね!
- ルネ
- そうなんです! プールサイドって、私この世の好きなもの100選に入るかもしれない(笑)。
- 昌太郎
- このジャケットのプールサイドって、コンクリなのか砂なのか分からない質感ですよね。その質感が日本のプールサイドじゃないという… そこが永井博さんの世界観なんですよね。
- ルネ
- あと、デッキチェアが真っ白なんですよね。絶対汚れることがないんですよね。このジャケットの中の世界では。
- 昌太郎
- 日本の夏という印象が、この質感から伝わってこないですよね。日本はじめっとした夏だけど、このジャケットからは乾いた風が吹いている印象があります。
―BREEZEですね(笑)。
- 昌太郎
- そうです。まさに、当時のキャッチコピーだった。「BREEZEが心の中を通り抜ける」です!
―リアルタイムに聴いていた僕から当時の話をすると、1981年ってアメリカン50’sがすごく流行っていたんです。その流れで僕らはこのアルバムを聴くわけなんですよ。そういう捉え方もあったんです。ジャケットもアメリカン50’sのイメージもあって。当時は1950年代って、新しい価値観だったんです。もちろんシティポップからたどり着いた人もいるだろうし、いろんなところからロンバケにたどり着いたと思います。このジャケットに懐かしさみたいなものは感じましたか?
- ルネ
- 昭和的であるとすればあるし、ないと言えばないですね。今お話を聞いていて、(ジャケットの)この景色はどこにもないものなんだなと再確認しました。でも初めて聴いた中学生の時は、どこかにこれがあったんだ! と思っていたんですよね。このアルバムを聴いた人たちに、たとえば「ロンバケを流してドライブした」などという思い出話を聞くのも好きなんです。こんな風にリゾートや遠い世界に憧れ、自分の人生や恋愛をドラマのように思いこむという感覚を持つ人は私たちの周りにはなかった。そんな、遠い世界を夢見させるというのも昭和の世界の仕草だと思うから、そういう意味では広義の昭和的と言えると私は思います。
- アヤ
- そういう意味で言うと私もルネさんと似たような感覚です。昭和的かは分からないですが、憧憬というか物悲しさ的なエモーショナルな意味での懐かしさというのがこのアルバムの中にあると思っていて、昭和の人たちが、このアルバムを聴いてこれと同じ世界に暮らしていたんだという幻想を抱いていたのですよ。
昨日ちょうど父親と夕食を食べながら、「明日こんな話しに行くんだ」って、ロンバケ流していたんですね。父親は57歳なんですけど、私の中では勝手に父親が24歳ぐらいの時にこのアルバムを聴きながらドライブしてリゾートにいってたんだろうな、と思っていたんだけど、発売当時父は17~18歳で、田舎の長崎で大学受験の勉強をしながら聴いていたと知って、あれ? もしかして「ロンバケの空間」って当時本当に存在したものじゃないの? とハタと気づいたんです。
だから昭和的といえば昭和的ですが、私たちと同じように、当時の人たちも思いを馳せていた “憧れの昭和”、“バーチャルな昭和” 的なものを感じます。実在しない感じ? 宙に浮いた “架空のリゾート” を共有している感じはありますね。 - ルネ
- 宙に浮いた空間と聞いて今ジャケットを見たら本当にそういう感じですね。(このイラストの)空の上が暗いんですよね。暗いのにプールは真昼の空を映したような色をしていて、どこにもない景色の色なんですね。ジャケットのイラスト自体が現実にあり得ない景色だということを、今再確認しました。私は、空が夜でプールサイドが昼だと思っています。だからどこにも存在しない景色だなって。
- アヤ
- 永井博さんの絵だと、あの紫色の空が印象的な作品を思い出します。夜景に照らされた紫の景色って実際にないですよね。シティポップの情景というと紫の都市! 私はミーハーで音楽的なジャンル分けには疎いので、シティポップ=あの絵に合う曲だと思っている節があります(笑)。
- ルネ
- 『シティポップとは 紫の空と みつけたり』ですね。それって、街の灯りがキラキラしているので、空がほんわりと紫に見える感じなのかなぁと思って。街がキラキラしている時しか出会えない空なのですよね。
- 昌太郎
- ジャケットでシティポップかどうかっていうのはありますよね。すごく共感できます。だから日本のパイオニアですよね。この後、達郎さんの『FOR YOU』で鈴木英人さんがイラストを描いたジャケットが出てきて…。
―で、初めて聴いた時の印象というのをもっとお聞きしたいのですが、さっき昌太郎さんが言ったように、Aのチューニング音という話があったように、あそこから完成されているじゃないですか。僕はそれに気づくまではだいぶかかったのですが… その辺の流れから全体像をどうとらえているかも知りたいです。
- 昌太郎
- 僕は、初めて聴いた時にジャケのわりにストーリー性がないなと思いました。統一性がないなと。なにしろ冬の曲(「さらばシベリア鉄道」)も入っているし。だからそういう意味でもジャケと音楽がセパレートしたアルバムですよね。
- アヤ
- 私はこのアルバムを知った時に昌太郎さんがおっしゃるとおり、中のストーリー性に関して、バラエティ豊かな曲が入っていると思ったんです。でもみんながこのジャケを思い浮かべて、永井博さんの絵があって、「あ、ロングバケーション!」っていう世界観を共有しているじゃないですか。私たちの世代って、昭和に比べてそういうのに馴染みがないんです。昭和だとユーミンのあのアルバムが好きとか、アルバムがヒットチャートに乗るとか、アルバムの世界観をみんなが共有しているというのがありますよね。
もちろん現在でも推しているバンドやアーティストがいる人は、「今回のアルバムは趣向を変えてきたね」といった感覚はあると思います。だけど、私たちの世代はみんなが生き急いで音楽を聴いている感じがして。単発でサブスクにランクインして、後は、ヒット曲の詰め合わせとしてのアルバムという認識が強くなっていく。そんな中で、みんなが「あ、ロングバケーション!」っていう景色とか、今日みたいに40周年の企画が練られて、一枚のアルバムの世界観が映画やステージのように時代を超えて受け取られているというのが衝撃なんです。 - 昌太郎
- それはすごい分かる! だから、ジャケットと楽曲のストーリー性はセパレートしているかもしれませんが、アルバムっていうもので考えたら、聴いたときに、初めて聴いた時の衝動に戻るっていうのが本来の在り方なんですね。
- ルネ
- 曲の並び、カッコいいですもんね。初めて聴いた時「FUN×4」が後半にあって、「さらばシベリア鉄道」で終わるのが、なんてカッコいいんだって思いました。オトナっぽいなーって思ったんです。「君は天然色」は圧倒的にはじまりの歌じゃないですか。キラキラキラ~って感じて。でも最後にくるのがエピローグ的な歌ではなくて、全然違う世界の始まりっていうのが、素敵だと思ったんです。
―レコードの時代はA面、B面という考え方があったと思うんです。A面で物語があって、B面で物語があるっていうのがレコードの時代のアルバムの作り方だったんだよね。
- ルネ
- B面は「雨のウェンズデイ」から始まって別れの歌が多くて… 最初の「君は天然色」 で「過ぎ去った過去 しゃくだけど 今より眩しい」ってあるじゃないですか。あれは後追い世代の私たちからすると、「本当にそれ!」っていう心からの叫びだったんですけど、でも発売当時も、それより前の過去を追い求めていたんだ、人は常に過ぎ去った日々を追い求めているのねって感じました。
- 昌太郎
- (「君は天然色」の)シングルって確かアルバムと同時にリリースされたと思うんですが、最初のチューニングの音がカットされているんですよね。なんでカットしたのかよく分からない(笑)。
―たぶん、アルバムという意図であのチューニングの音を入れているんだと僕は思います。シングルは1曲で勝負だし、全体の物語とはかけ離れたところにあるから、あえてカットしたのだと思います。
- アヤ
- あー、幕が上がるっていうのがあっての音ですね! ニクイ!
- ルネ
- アルバムっていいですね。
- 昌太郎
- 確かにこの当時海外でも、こういう始まり方をするコンセプトアルバムっていうのがありましたね。
- アヤ
- やはり、アルバムはひとつの世界観なんですね!
―そういう昭和からの価値観って、みんなの世代には伝わりにくいのでは? サブスクもそうだけど、1曲で完結してしまう物語だよね?
- アヤ
- それに好きな曲の順番で聴けちゃうし、ぴょっと飛ばしたりもするから(笑)。大滝詠一サマの素晴らしい曲順で聴かせてもらっています。
- ルネ
- 好きな曲をピックアップして聴くのとアルバム通して聴くのでは全然違った楽しみ方だと思います。大滝詠一にDJしてもらっているようなものですから(笑)。
- 昌太郎
- うちの父親がこのアルバム出た時に21ぐらい。大学生で、ドライブの時にカセットに落として持ち運べて、デートのアイテムに使っていたんです。いわば80年代の楽しみ方にそういうのがあったのかなって思いました。
- アヤ
- 私たちは昭和のそういうリゾート・カルチャーに憧れているので、茅ケ崎とか葉山とかコテージを借りて80年代のレコードを流すみたいな遊びを友達とよくしています(笑)。アミューズメントの中にある音楽、多くの生活の中にある音楽というのに憧れるんです。
<次回>
次回は収録楽曲について、歌詞を深読みしながらも、その魅力を細かく語ってもらいます。
高橋 昌太郎(たかはし しょうたろう)
1991年生まれ。作曲家、音楽勉強家、ディスクジョッキーなど。
小学校4年生のとき、テレビドラマの主題歌として流れてきた山下達郎の「LOVELAND, ISLAND(ラブランド、アイランド)」に衝撃を受けて昭和ポップスの虜に。
ジャンル問わず、音楽の歴史や芸能文化を研究、発表したりしている。
Twitter : @ongakubenkyouka
Instagram : @shotaro_reverblue
郷ルネ
1994年生まれ。早稲田院生。オンライン昭和スナック「ニュー・パルリー」のママ。11歳の時、フィンガー5にシビれて以来、昭和に傾倒する日々を送る。70年代歌謡曲、80年代アイドル、グループサウンズ、渋谷系も好き。映画と古着好き。
ミヤジサイカ(アヤ)
1996年生まれ。東大院生。オンライン昭和スナック「ニュー・パルリー」のママ。カーステレオから流れていた、ユーミン、サザン、松田聖子… 80年代の音楽に心を奪われ幼い頃から昭和カルチャーに親しむ。歌謡曲バー「スポットライト」の元アルバイト。同世代の友人たちと昭和的スポットに出かけ、バブル期のカルチャーを追体験するのが趣味。