ポール・サイモン「グレイスランド」とコンプライアンス
こんにちは。49歳、中間管理職です。
ところで皆さん、“コンプライアンス” 守ってますか? 私の職場では半期ごとに目標設定シートなるものを個人個人で作成するのですが、上司からは必ずコンプライアンスに関する目標をひとつ以上設定するように求められます。管理職は、部下に規律ある職務を実行させ、法令と社会規範に則ったうえで、目標達成を促すことが求められます。
そんなこと、言われなくても分かっとるがな! ―― 職場での朝礼等では、「コンプラ遵守で不祥事ゼロ!」が合言葉のように繰り返されています。何だか小学校の道徳の授業みたいですよね? 正直なところ、バカバカしいなと思っています。
さて、コンプライアンスなんて概念が日本では一般的ではなかった1986年、ポール・サイモンのアルバム『グレイスランド』がリリースされた。グラミー賞も獲得した本作は、今振り返るとコンプライアンス的な価値観に翻弄された作品なのではなかろうかと感じてしまうのです。
大ヒットした作品なので、ご存知の方も多いとは思うが、本作について簡単におさらいをしておこう。
『グレイスランド』はポール・サイモンが南アフリカ共和国に赴き、現地のミュージシャンと一緒に作った曲が収録曲の約半分を占めている。私たちにとって一般的だった英米のポップミュージックでは聴き馴染みのないプリミティブなリズムやポジティブで明るいメロディに溢れた作品になっている。特にリズムに重点が置かれた曲はダンス・ミュージックとしても通用する仕上がりになっている。また、メロディーについても瑞々しいリズムに引っ張られるように、明るくポジティブなものが多く、分かりやすい曲が目白押しの傑作アルバムとなっている。
南アフリカ共和国のミュージシャンを起用=アパルトヘイト擁護者?
しかし、リリース当時、西側欧米諸国は南アフリカ共和国のアパルトヘイト政策に反対しており、同国の文化をボイコットしていた。そのため、南アフリカ共和国のミュージシャンを数多く起用した本作はボイコットへの掟破りだという言いがかりをつけられた。
同時に南アフリカ共和国のミュージシャンを起用することは、単なる話題集めの戦略で、文化的搾取だという批判にまで曝されてしまったのだ。
この頃、アメリカでは既にコンプライアンスという概念が定着しており、単純明快な道徳感の白か黒か、〇か×か… みたいな物差しで測られてしまった結果、本作は音楽の質とは無関係なところで随分とひどいことを言われてしまったのではないだろうか。
窮屈な価値観に縛られない「グレイスランド」
しかし、ポール・サイモンの『グレイスランド』はそんな窮屈な価値観に縛られず、躍動感あふれる素晴しい音楽を聴かせてくれる。その音楽からは黒人も白人も関係なく音楽を楽しもうぜ! という自由なメッセージを感じさせてくれる。人種に関係なく素晴らしい音楽を楽しいと感じられる心が差別や偏見を乗り越えるキッカケになって欲しいという祈りのようにも感じられるのだ。
南ア=アパルトヘイト=悪い国、悪い国の文化をボイコットしないポール・サイモンも悪い奴という単純な連想ゲームだけで本作が槍玉に挙げられたことは何とも安直だと思えてならない。
併せて、文化的搾取という批判もよく理解できない。だって、ポップミュージックなんて、そもそも色々な音楽が混ざり合ってできあがった雑種音楽なのだから、何を今さら言っているのだ… と感じてしまうのだ。
ポップミュージックの歴史において、道徳感や正義感をあてはめることは今までにも多くあったが、何だか胡散臭い感じがして、私はどうにも好きになれない。
道徳感と欲望の狭間で行ったり来たり揺れ動くからポップミュージックやロックはスリリングで私をワクワクさせてくれるのだ。そこに道徳感や正義感を持ち出すと、途端にシラケたものになってしまい、本当にもうガッカリなのだ!
私がコンプライアンスという言葉が持つ押しつけがましい道徳感や正義感に居心地の悪さを感じるのは、白か黒か、〇か×かという単純さがどうにもムカつくのだ。その中間の灰色や△で揺れ動くのが人間だし、みんなそういうことを分かっているのに、そのことを口にしてはいけないという雰囲気に縛られていて、とても窮屈に感じてしまうのだ。
音楽家に求められるコンプライアンスはカッコイイ音楽を作ること
しかし、コンプライアンスという言葉には、法令遵守という意味の他にも社会的責任を果たしていくという意味が込められていることを確認しておきたい。
では、音楽家に求められる社会的責任について、考えてみると、それはもう、カッコイイ音楽を作ることに決まっているのだ!
ポール・サイモンは南アフリカのリズムを取り入れて、そのリズムに相性バッチリの曲を書き、躍動感溢れる『グレイスランド』という傑作を作り上げた。これは正に音楽家の社会的責任を全うしたと言えるのではないだろうか!
『グレイスランド』は、単純な善悪二元論をサラッと飛び越えるしたたかさを持ちながらも、堅苦しくないポップさと瑞々しいリズムとビートまで兼ね備えた傑作だ。
その傑作を作り上げたポール・サイモンにコンプライアンス的な善悪二次元論でアパルトヘイトを語ることへの疑問を投げかけようとする意識があったのかどうかは分からないが、少なくとも本作は、私に多くのことを考えさせてくれる作品であることは間違いない。
『グレイスランド』には、燦々と降り注ぐ太陽のようなポジティブな魅力があると同時に人権問題からコンプライアンスまで、とても多くのことを考えさせてくれる作品だ。
ポール・サイモンという歴史に名を残すシンガーソングライターから示された問題提起としても、また、80年代アメリカンロックを代表する傑作としても歴史に残る名盤なのである!
追記
私、岡田浩史は、クラブイベント「fun friday!!」(吉祥寺 伊千兵衛ダイニング)でDJとしても活動しています。インフォメーションは私のプロフィールページで紹介しますので、併せてご覧いただき、ぜひご参加ください。
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2021.10.13