5月16日

プリンスの紡ぐ「ビートに抱かれて」鳩が翼を広げて飛び立つとき

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photo:Discogs  

プリンス&ザ・レヴォリューションの「ビートに抱かれて(When Doves Cry)」。このミュージックビデオを観たときはギョッとした。裸のプリンスがバスタブから出てきて、そのまま床を這いずり始めるのだから、僕の困惑も至極当然と言えるだろう。

しかし、音楽は実に革新的だった。そのことには割と早く気づいたのだが、ビデオの影響もあってか、好きになるまでには少しばかり時間を必要とした。だが、いざ好きになってみると、プリンスの音楽は非常に中毒性が高かった。気がつけば僕はプリンスのアルバムをせっせと集めるようになっていた。

「ビートに抱かれて」については、ドアーズに少し似てるなと思った。ジム・モリソンが歌ったら似合いそうだなと。それからしばらくして、この曲がベースレスであることに気づいた。ドアーズもファーストアルバムはベースレスで録音しているので、そう感じたのかもしれない。また、黒人音楽でベースが入っていない曲というのも珍しいなと思った。

ベースレスという編成からもわかる通り、この曲の面白さは「間」を効果的に使っているところにある。ゆったりとした独特のドラムパターンが骨格となり、シンセサイザーの音色が曲の性格を決定付けている。しかし、もっと面白かったのは、それぞれの音の間に埋めがたい距離があったことだ。

ひとつひとつの音は雄弁なのだが、孤立していて、なかなか交わらない。だから、いつまでもたっても距離が縮まらず、「間」が残りつづける。そこに生まれる淋しさが、この曲の本質だった。音が重なりサウンドがラウドになっても、「ビートに抱かれて」はどこか淡々としている。ある一定の静寂が保たれ、そこがこの曲のミステリアスな魅力となっていた。

そして、このサウンドが歌詞の内容にもぴったりと符合するのだ。

曲のタイトルを直訳すると、「鳩が啼くとき」という意味になる。そして、歌詞の内容はすれ違う男女の気持ちを綴っている。平和の象徴である鳩が啼くとき、ふたりはいつも怒鳴り合ってしまう。この歌の主人公は、そのことを深く悲しんでいる。わかり合いたいと強く願うほど、その悲しみは深くなる。

鳩が啼くからふたりは怒鳴り合うのだろうか? それとも、ふたりが怒鳴り合うから鳩は啼くのだろうか? なかなか哲学的な問いかけではあるが、「ビートに抱かれて」から伝わってくる静寂とは、もしかすると、ふたりの怒鳴り声が途切れたときの沈黙なのかもしれない。

けれど、この悲しい曲が暗く沈んだものにならなかったのは、プリンスのヴォーカルが自信に満ちているからだろう。強い生命力が分断された音のひとつひとつを繫ぎ、ふたりの未来にはまだ可能性があることを示唆している。曲の後半で、すべての音が一体化していく様はまさに圧巻だ。

プリンスには、自分の恥部をさらすことで、人の恥部までさらしてしまうところがある。それは彼のアーティストとしての純粋さゆえと言えるかもしれない。表現が徹底しているのだ。

僕はこの曲を聴くたび、心の奥に隠したはずの何かが刺激される。おそらく、そこはタブーな領域で、どこか恥ずかしいような、後ろめたいような感情がわき上がる。そうした心の動揺が、逆にあの何とも言えない高揚感を生むのだから不思議だ。

「ビートに抱かれて」はプリンス最大のヒット曲であり、同時に彼の作品の中でも特殊な1曲だと言える。というのも、この後にプリンスは「ビートに抱かれて」のようなタイプの曲を発表していないからだ。少なくとも、ここまで突出したレベルでは。

ベースレス。隙き間の多いドラム。細い音色のシンセサイザー。それらをプリンスの歌声が繋げたとき、鳩は翼を広げ空へと飛び立つ。そして、僕らの心も解放される。

偉大な音楽には、それだけの力がある。


2018.02.20
30
  YouTube / Prince
 

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ひろ
個人的には、作品数の多さ、パフォーマンスの素晴らしさ等トータルでマイケルの上。バラードもヒップホップもロックもポップも全て作り歌い演じる。この曲、シングルで出すか?普通。そしてヒットするか?
2018/02/20 19:22
3
返信
1970年生まれ
宮井 章裕
音楽的な才能の巨大さで言えば、プリンス以上の人はそう多くないでしょうね。「この曲、シングルで出すか?普通。そしてヒットするか?」というのは、まさにその通り。プリンスには驚かされてばかりで、自分が10代だったときに80年代のプリンスの作品をリアルタイムで聴けたのは、本当に恵まれていたなと思います。
2018/02/21 11:47
1
カタリベ
1970年生まれ
宮井章裕
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