その昔、ゴミ袋は真っ黒な塩化ビニールでできていた。え? なんでそんなこと言うのかって? なぜって、その真っ黒なゴミ袋を全身にまとい、バットダンスを踊った奴を思い出してしまったんだよ。
そう、ときは 1989年(平成元年)、バットダンスとはプリンスがその年にリリースしたバットマンのテーマ「バットダンス」のパフォーマンスのことである。
まずはこの映像をご覧あれ。
ということで、今日は、僕の大学時代のよもやま話をさせてもらえまいか。ごった煮のエイティーズが信条のリマインダー、たまにはこういうネタも良いだろう。
—— 当時の僕は「ポピュラー音楽同好会」なるサークルに所属、世間ではダンスミュージックが主流だったけど、このサークルはロック好きな人が多かったかな。ジャネット・ジャクソンとかストック・エイトキン・ウォーターマンなんてノリじゃなくて、トーキング・ヘッズとかデヴィッド・ボウイ、エルヴィス・コステロみたいな感じ。
そんな中、ダンスとかロックとか、メジャーとかマイナーとか関係なく、世界中の支持を得て快進撃を続けるひとりの孤高なミュージシャンがいた。そう、それこそが、プリンス。当然、僕らの仲間うちでも圧倒的な人気だった。
断言しても良いが、エイティーズの音楽シーンはこの人抜きじゃ語れない。プリンスに触れず 80年代を語っている輩がいたら、それは全てパチもんだと思っていい。それくらい彼の創作力はピークの時期にあって、ソロ名義になった80年代後半以降、そのクリエイティビティはより過激で異端なものになっていった。
■ サイン・オブ・ザ・タイムズ(1987年)
とめどなく溢れるアイデア。
2枚組アルバムという究極の独りよがり!
■ ブラック・アルバム(1987年)
ド級のファンク・ミュージック
自身の気まぐれで発売直前に全て回収!
■ ラヴセクシー(1988年)
全裸のジャケット、かつ
全9曲が1トラック扱いで選曲できない!
■ バットマン(1989年)
サントラの体を取っているものの、
実は映画を題材にしたオリジナル作品!
これらの作品どれもが —— あっ、違う違う違う。プリンスの話じゃなくて大学時代のよもやま話だった。話を戻そう。そう、真っ黒なゴミ袋をまとってバットダンスを踊った奴の話だ。
—— その名前はヒラタくんという。1学年下の後輩で、陽当たりの良い目白のぼろアパートに住んでいた。トイレは共同、風呂はなし。僕はよくその家に泊めてもらい、彼が薦めてくれるレコードを聴いていた。そのほとんどが自分からは耳にしない音楽で、趣味が合うのか合わないのか分からなかったけど、だいたいにおいてその質は高かった。うん、彼のおかげで音楽ジャンルへの偏見は無くなったかな。
そうそう、ヒラタくんは いとうせいこうやタイニー・パンクスが大好きだった。ヒップホップが大好物で、ビースティ・ボーイズとか LL Cool J を聴く一方、チャクラとかくじらとかゴンチチとか遊佐未森とかもお気に入りだったから、当時の一般的なトレンドからすると、相当トンがってたんだよなあ。
—— 余談にはなるが、このチャクラ以下4アーティスト全てが、カタリベとしてもお馴染み、福岡智彦さんのディレクションだったことを僕は後年知ることになる。まさに縁は異なもの。リマインダーには関連記事が沢山アーカイブされているので、ぜひお読みください。さて、長身で細身のルックス、白シャツにブラックジーンズ、坂本龍一みたいな髪型にセルフレームの黒縁メガネ。一見知的にも見えるヒラタくんでしたが、それは動かなければの話。その一挙手一投足はあまりにも不審極まりなくて、うーん、どういえばいいのだろう、スラップスティックコメディのようなドタバタした動きに、尺取り虫のようなクネクネした動きを重ね合わせたというか…
一番の爆笑は学園祭で DJ イベントを開いたとき。タイトなディストーションギターのカッティングと悪者ジョーカーの不気味な笑い声… そう、プリンスの「バットダンス」がフロアに響きわたった瞬間のことだ。
どこで仕込んでいたのか知らないが、真っ黒な塩化ビニールのゴミ袋をマント風にまとい、コウモリの羽よろしく腕を振りまくりながら、ところ狭しとばかりに駆けまわるヒラタくんが飛び出してきた! そもそも BPM が早い曲(= 135)なのでその動きも目まぐるしい。机に飛び乗り、床を転がり、ドタバタクネクネ縦横無尽、女の子は逃げる逃げる(笑)—— 今にして思えば、江頭2:50 の登場ネタ「スリル」に6年も先んじていたスタイルだった。
そんなヒラタくんとも久しく会っていない。
実家の岡山に帰ったと聞いて 20年くらい経つだろうか。電話番号も知らないし SNS にも見当たらないから消息がつかめない。プリンスは死んだけど、君は無事か? 真っ黒なゴミ袋と「バットマン」の LP 用意するから、また一緒に踊ろうぜ。あの頃のステップじゃなくてもいいからさ。
※2016年3月17日、3月23日に掲載された前後編の記事を大幅にアップデートして一本化
2019.06.20