「あの人、ちょっとおかしいのと違う?」
「きっと学生さんやわ」
「若いのにかわいそうやな」
「きっと、学校で何かあったんやわ」
「怖いから関わらん方がええよ」
そんな、おばちゃん達の声が聞こえてきそうだった。
だから俺は、いつも周囲を見回して誰もいないのを確認してから叫んでいたのに、今日に限ってそれを怠ってしまった。
そりゃ、周りから見れば、おかしいのも当たり前だ。何せ、細い道路にひとり立ち、住宅の外壁に向かって「かべ~~!」と叫ぶのだから…
でも、その理由は決して俺のせいではない。壁の向こうにいるヤツは、「カベ」と呼ばれる巨漢なのだ。
初めて会ったときは、183cm × 82kg 程度で、まだそれほどでもなかったと思う。ところが鍛えるうちにどんどん成長し、いつの間にか100キロ超級に出場しても全く見劣りしないサイズになっていた。
すぐに「カベ」と呼ばれるようになったが、その由来はご存じ「ゲゲゲの鬼太郎」に登場する「ぬりかべ」から。
相手の前に立ちはだかって、通行の邪魔をする妖怪で、優しい力持ちである。アメフトのラインメンとしては、とてもリスペクトしたあだ名なのだ。
カベは新しもの好きだ。
パソコンをまっ先に買ったり、今はなきレーザーディスクを手に入れたりしていた。また、情報収集にも余念がない。
先の原稿でも書いた「京都キョンキョン騒動」(※) のときも、 「キョンキョンが来る!」という情報を持ってきたのはカベだ。広いグランドの隅にあった部室棟の上に登って、待ち構えたのを覚えている。
そんなカベの部屋で、よく聴いていたのがボズ・スキャッグス。
「アメフトをしているんだから、アメリカの音楽を聴く」
と、わけのわからない理由であったが、クレスタのCMソングに使われていた「トワイライト・ハイウェイ(You Can Have Me Anytime)」や、アルバム『ミドル・マン』の格好いいジャケ写は大人の雰囲気を味あわせてくれた。
※京都キョンキョン騒動
1982年秋、京都大学の学園祭のゲストとして小泉今日子が招かれ、コンサートを予定していたが、あまりの観客の多さに「危険」と判断され、急遽コンサートが中止になった。それに怒った一部の観客が暴徒化、ステージや機材等が破壊されたという事件で全国紙も取り上げた。当時の学生の間では、かなり話題となった。もちろん、キョンキョンに全く責任はなく、その後の彼女の活躍にも影響していない。
2016.12.14