「よく来られるんですか?」
「ええ、たまにですけど」
カウンターの端に座った彼女は、にっこりと微笑む。
ただ、席が近いという薄い縁だけで話しかけたわけではない。彼女の発するオーラ、といっても人を近づけないというものではなく、むしろ、やさしげな人間性があらゆる方向に放たれているような “何か” があったからこそ、思わず声が出てしまったのだ。それは、彼女が扉を開けた瞬間から店中に広がって、私もそのオーラに自然と包まれた…
でもこれ、決して色気のあるような話ではない。私の前には、半分ほどに減った瓶ビールと餃子。そして、カウンターの中では、やたら「うちの餃子は」と連呼する親父が一人。そう、ここは経堂にあるラーメン店。夜10時を回った頃だっただろうか。
「やっぱり、食べる量は多いんですか?」
「そうでもないですよ。いたって普通です。でも、やっぱり多いほうか(笑)」
「引退されたのですね」
「ご存じですか?」
「当たり前じゃないですか。あなたみたいな有名人のことは、ファンじゃなくても知ってますよ」
「そうですか。でもそうやって言ってもらえるのは、うれしいですね」
「今は、解説とかされているのですか」
「そうですね。なかなか慣れませんけど」
そういって彼女は、ラーメンに向かった。
これが、ライオネス飛鳥との遭遇。当時の女性ファンにとっては “神” とも呼べる存在だったはずだが、気取った雰囲気は一切なく、いたって気さくな印象だ(ラーメン屋で気取ってもしょうがないか)。
この日は1989年の冬。絶大な人気を誇ったクラッシュギャルズのパートナー、長与千種もすでに引退していた。2人ともデビューは80年だったというから、80年代を駆け抜けた、まさにRe:minder世代の代表格だ。
「では、がんばってください」
いたってありきたりなセリフで店を出た私は後悔した。
「しまった、餃子でもご馳走すればよかった!」
炎の聖書(バイブル)/ クラッシュギャルズ
作詞:森雪之丞
作曲:後藤次利
編曲 : 松下誠
発売日:1984年(昭和59年)8月21日
2016.10.28
YouTube / Records of the Wrestling World