旅の空から原稿を書いている。
俳人正岡子規、夏目漱石の『坊っちゃん』、司馬遼太郎の『坂の上の雲』、今私は松山に来ている。仕事でイベントホールに缶詰になっていたのだが、閉場後のわずかな時間を利用し、どうにか道後温泉にだけは浸かることができた。なんでも近々老朽化した本殿が改修されるとのこと、ぎりぎり明治以来の風情に滑り込む。
街中には伊予鉄の可愛いらしい一両編成の路面電車がところ狭しと走り回っている。近代的なビルと昭和浪漫的な電車、道後温泉と松山城。平成と昭和と明治が一つの街に集まっているのが松山の特長かもしれない。
旅の空という言葉にはどこか哀愁が漂う。1980年に松山千春が歌った「人生(たび)の空から」もそうだ。原稿を書いていても、どうしてだか文章のトーンが落ち着いてしまう。
狩人が歌った「あずさ2号」も、私はあなたから旅立つし、中森明菜の「北ウイング」も、今夜ひとり旅立ってしまう。もちろん明るい旅の歌も多いが、やはり旅には哀愁が似合う。
もうすぐ平成が終わるが、この「旅」と「哀愁」はその前の世代、つまり昭和時代にこそよく似合う組合せだと思う。70年代半ばから「アンノン族」という、女性が一人、または小人数で旅行をすることが流行したが、その後、そうした旅慣れた女性たちは何かにつけて旅行をするようになる。
例えば失恋。
ましてや失恋。
そして失恋。
当時、国鉄はこの失恋女子を商機と捉えてキャンペーンを張った。その時のキャンペーンソングが山口百恵の「いい日旅立ち」であった。
あゝ 日本のどこかに
私を待ってる人がいる
まさにこの歌詞、ここだけ切り取ってみると「あ~あ、振られちゃった。でもこの広い日本のどこかには私を待っている人がいるはずだわ。だから私は旅に出るの」と言った、もの凄いポジティブシンキングなものであった。
あれ? 旅と哀愁の事を書いていたのに、いつの間にかポジティブな旅行記になってしまっている。
まあいいか、旅先で書く原稿なんてこんなもんで。
2019.02.08
YouTube / 懐かしいTVCMアーカイブス
YouTube / 百恵さんに 清泉の愛を捧ぐ