5月9日

80年代洋楽にビジネスを学ぶ:シンディ・ローパーのアトラクション&リテンション #3

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シンディ・ローパーのアルバム「ア・ナイト・トゥ・リメンバー」が米国でリリースされた日(アイ・ドローヴ・オール・ナイト 収録)
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photo:FANART.TV  

シンディ・ローパー、最後のTOP40「涙のオールナイト・ドライヴ」


セカンドアルバム『トゥルー・カラーズ』もヒットして盤石に見えたシンディ・ローパーだったが、その後メディアでの露出は急激に減っていった。そして、サードアルバム『ア・ナイト・トゥ・リメンバー』から「アイ・ドローヴ・オール・ナイト(涙のオールナイト・ドライヴ)」がヒットしたのを最後に、彼女は全米TOP40の住人ではなくなった。

もちろん彼女はその後も別の形で活躍を続けているし、日本のファンにとっては、東日本大震災当日に来日して支援活動に尽力していた姿は記憶に新しいだろう。とは言え、ビジネス的に捉えるならば、21世紀に入ってからもTOP10ヒットを飛ばし、話題を振り撒き続けるマドンナとの間に大きな差が生じたのは残念ながら事実だ。

では、彼女はどうすれば良かったのだろうか?

ストーンズやクリプトンに見る “存在を忘れさせないための手”


音楽ギョーカイ人でも何でもない僕がこの問いに即答できるようだったら「もうみんなやってるよ」って話だと思うが、そもそも、ポップミュージックの世界において、マドンナ以上に長年に渡ってリテンションに成功しているアーティストなんているのか……

例えば、ビジネス上の成功がバンドの事実上の目的になっている(ように見える)ザ・ローリング・ストーンズは、時間の経過と共に自分たちの価値の源泉が「作品」からバンドの「存在」に変化することに気づいたのだろう。つまり、存在を忘れさせないための手を打つことを何より優先した訳で、ベロのマークを広めたのも、Windows 95のCMソングのオファーを受けたのも、キューバに行ってフリーライブを演ったのもその一環だ。

波乱万丈な人生を歩んできたエリック・クラプトンは、60年代はサイケデリックなムード満載だったが、70年代に米国に渡るといきなりレイドバック、80年代にはフィル・コリンズと組んで、90年代にはMTVアンプラグドで一世風靡したかと思えば、次はベイビーフェイスと一緒に仕事をしている。つまり、良く言えば「流行に敏感」、悪く言えば「節操がない」のが特徴だ。

アーティストであり続けようとしたシンディ・ローパー


ストーンズとクラプトンはどちらも明らかにビジネス的に成功したが、そこにはビジネスvsアートのトレードオフ(一方を追求すれば他方を犠牲にせざるをえない関係)の中でビジネスを選択したという少々残念な真実が含まれていると思う。アーティストが本当に純粋な芸術家なら、もっと自らの才能を作品に投影し、創造性あふれるパフォーマンスを披露したいという本能が見えそうなものだが、彼らにはそれがあまり感じられない。もちろんこの選択は、ストーンズの場合は意図的、クラプトンは結果的だったのだろうけど。

その点で、純粋にアーティストであり続けようとするシンディ・ローパーは、ビジネス的な意味でのリテンションに成功しなかったかもしれないが、それはそれで幸せではないか。


Billboard Chart
■ Cyndi Lauper / I Drove All Night(1989年7月8日 6位)

Billboard Chart(Album)
■ Cyndi Lauper / True Colors(1986年11月15日 4位)
■ Cyndi Lauper / A Night To Remember(1989年6月24日 37位)


※2017年2月17日に掲載された記事をアップデート

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2022.05.09
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カタリベ
1965年生まれ
中川肇
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