その男がやってきたのは、すでに陽が落ちた午後8時。真冬の京都は、この時間、すこぶる寒い。
俺の部屋は、左京区の古びた民家が立ち並んだ一角にある典型的な下宿屋。門の前には、1メートルほどの幅の用水路があり、真冬には、さらに体感温度を下げてくる。東の道を挟むと、そこには巨大な畑が広がっており、この家の主も以前は農家だったのであろうと想像できる。市バスの終点となるバス停の近所でもあるから、市内でも明らかにはずれに近い。
部屋の裏窓を開けると、目の前には小高い山がある。まがりくねった坂を昇り、その山を越えると宝ヶ池が横たわる。江戸時代にため池として作られたそうだが、ボート遊びが可能なほどの大きさだ。今では地下鉄が通り、京都駅から直通になったが、1982年の当時は、当然そんなものはなく、「山越え」したあたりは街中と隔絶された地方の香りが漂い、その匂いに刺激されたカップルが立ち寄る数店のカフェが否応なしに目立つ、ドライブコースの1つとして認識されていた。
その男は、京都駅から南西の方向に約5キロのところに住んでいた。京都駅から見ると俺の部屋とは正反対。競輪場で名の知れた街だ。
「今からそっち、行っていいか」
ぶっきらぼうな電話を切ったあと、40分ほどで男はやって来た。驚いたことに、そのいでたちは、スタジャンにGパン。下にはトレーナー程度しか着込んでいない。おまけに真冬の京都をグローブやヘルメット無しで、愛車の “Honda Lead” でかっ飛んで来たという。当時の原付バイクは、メットの着用が義務付けられていなかったのだ。距離にして約13キロ。驚く俺に向かって男はうそぶく。
「俺は、札幌育ちだから、こんな寒さはどうってことはない」
そんなタフな男がこよなく愛していたのが、なぜか松田聖子。肩をいからせて歩く姿には、とても似合わない。発売したばかりのアルバムも購入済みだそうだ。そして、俺にも聴かせようと、すぐに録音テープをくれた。クリスマス直前に、図らずもプレゼントをもらってしまったのだ。
そのアルバム『金色のリボン』に収録されていた曲の中で、男が特に気に入っていたのは「恋人がサンタクロース」。今でこそ、ユーミンの大人気曲として知られるが、当時は、あまり知られていなかった。男は会う度に「ええやろ、ええやろ」と覚えたての関西弁を連発する。こうして俺は、男と松田聖子がちょっと好きになった。
恋人がサンタクロース / 松田聖子
作詞:松任谷由実
作曲:松任谷由実
発売日:1982年(昭和57年)12月5日
クリスマス企画アルバム『金色のリボン』に収録
2016.12.08
YouTube / 531SENGOKU さんのチャンネル
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