2012年 10月10日

【追悼:八代亜紀】その原点はスタンダードジャズ!ジャンルを越えた “流行歌” の魅力

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八代亜紀に感じた “演歌の匂い” とは違うニュアンス


2023年12月30日、八代亜紀が73歳の生涯を閉じた。秋口から病気の療養を行っていたというが、急な訃報に驚いてしまった。

八代亜紀と言えば、やはり「舟唄」「雨の慕情」などで知られる演歌の大御所というイメージが強いだろう。けれど、僕は彼女の歌に、いわゆる “演歌の匂い” とは違うニュアンスを感じていた。「舟唄」も「雨の慕情」も作詞が阿久 悠、作曲は浜圭介が手掛けいて、曲自体は王道の演歌と言っていいと思う。だから、これらの曲はたぶん、歌う人によっては、よりねっとりとした味わいを感じられるものになるんじゃないか。

けれど、八代亜紀が歌うこれらの曲は確かに演歌ではあるのだけれど、湿気が少ないというか、情感はたっぷりとありながらもどこかクールでスッと風が吹き抜けるような心地よさが感じられる。だから、僕はべったりとまつわりついてくるような “演歌” の情緒はあまり得意ではなかったけれど、八代亜紀の歌には惹かれるものがあった。

ハスキーな歌声はアメリカン。八代亜紀の原点は洋楽のジャズやスタンダード


八代亜紀は熊本県八代(やつしろ)の出身。芸名の八代は出身地からとったものだ。幼いころから父親の影響で彼女も音楽好きになっていく。そして苦しい家計を助けるため、中学生の頃からクラブシンガーを目指すようになる。彼女がクラブシンガーになろうと考えたのは、一流シンガーが出演するアメリカのジャズクラブをイメージしたからだという。

しかし、1960年代前半の日本のクラブは一部を除いてホステスがいる大型の酒場で、音楽はあくまで添え物という場所がほとんどだった。中学校卒業後、彼女は地元のキャバレーの歌手となるが親に反対される。しかし、その反対を押し切って上京し、歌の勉強をしながら歌手として仕事をスタートさせ、18歳の時には銀座のクラブで歌うようになった。

こうしたキャリアを振り返ると、八代亜紀の原点は洋楽のジャズやスタンダードだったことがわかる。実際に彼女は、ジュリー・ロンドンやヘレン・メリルなどのジャズシンガーに憧れていたというし、ハスキーな歌声はアメリカン・スタンダードのモダンな情感を表現する武器となっていたのだろう。彼女の歌はクラブでも一目置かれるようになっていった。

演歌ファン以外にも届く八代亜紀の魅力




そんな彼女がレコードデビューするきっかけとなったのが、同じ店で歌っていた男性歌手にプロダクションを紹介してもらったことだという。そう、その男性歌手こそが後の五木ひろしだった。こうして彼女は八代亜紀として1971年に「愛は死んでも」でデビューする。そして1973年に「なみだ恋」を皮切りにヒット曲を連発していく。

ある意味で「なみだ恋」「しのび恋」(1974年)などの “女歌” と言われる一連の初期のヒット曲は、「舟唄」以降の曲よりも正調演歌というイメージもある。だから八代亜紀のファンにはこの時期の歌を好む人も多いという。確かにこれらの曲を聴くと “女心の切なさ” といった演歌らしい味わいもしっかり伝わってくる。けれど、70年代初期に日本デビューしたテレサ・テンの「空港」などと較べると、やはりどこか甘やかさが少ないという気もする。

聴き手にまとわりついてくるような情感の濃密さを “女歌” の最大の魅力と考えている演歌ファンもいると思う。もちろん八代亜紀の歌にも豊かな情感はある。けれど、そのどこかに醒めたクールさが忍んでいるようなニュアンスを感じる。そして、それが八代亜紀の歌の、演歌ファン以外にも届く魅力なのではないか。

「舟唄」から伝わる洗練されたダイナミズム


そうした演歌のフィールドに留まらない八代亜紀の魅力は、“男歌” と言われる「舟唄」でより鮮やかに発揮されているような気がする。「舟唄」は、曲そのものは演歌の王道というイメージがあるし、曲間に民謡の “ダンチョネ節” が折り込まれる構成もきわめて日本的だ。

けれど、八代亜紀の必要以上に感情的にならずつぶやくような押さえた歌い方は、どこかクルーナー唱法(アメリカのスタンダード歌手ビング・クロスビーなどの声を張らない歌い方)を思わせるセンスを感じるし、ハスキーな声はブルース的でもある。さらに曲中のコブシのまわし方や抑揚のつけ方からも洗練されたダイナミズムが伝わってくる。

だから八代亜紀の「舟唄」を聴いていると、紛れもない演歌なのにどこかモダンな匂いとジャンルを越えた魅力を感じるのだ。続く「雨の慕情」でも歌い方によっては嫋嫋(じょうじょう)とした “濡れた” 歌になりそうな曲を、どこかサラリとした軽さというかナチュラルなスウィング感を生み出して、純粋に曲としてジャンルを越えて味わえる作品に仕上げている。



演歌歌手という枠組みにこだわらなかったシンガーとしての姿


八代亜紀は、演歌の女王として1980年代以降の歌謡シーンを彩っていくが、実は彼女が持っている洋楽的センスに早くから注目している人も多かった。新しい音楽の動きをカバーしていた音楽月刊誌『ミュージック・マガジン』編集長の中村とうようも八代亜紀を高く評価していた。事実、同誌の読者だった僕も、内外のロックやソウルミュージックの評論と並んで、時おり八代亜紀の記事を読んだ記憶がある。

八代亜紀自身も次第に演歌歌手という枠組みにこだわらず、1990年には服部克久作曲の「花(ブーケ)束」などのスタンダードなポップスのテイストをもった曲をリリースしたり、ステージでもジャズやスタンダード曲なども交えてショーを構成するなどオールラウンドのシンガーとしての姿を見せていく。

そんな八代亜紀の幅広い音楽性を再確認できるのが2013年にリリースされた『夜のアルバム』だ。プロデューサーに小西康陽を迎えて制作されたこのアルバムは「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」「クライ・ミー・ア・リヴァー」「虹の彼方に」などの彼女の原点とも言えるジャズスタンダードと「私は泣いています」(りりィ)、「ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー」(日野てる子)、「再会」(松尾和子)などの日本の女性シンガーの名曲をスタンダードジャズのテイストでカバーした作品だ。



少なくともこれは “歌が上手な演歌歌手が洋楽も歌ってみました” といった安直な企画モノではない。彼女の原点でもあるアメリカン・ジャズスタンダードと、彼女が同時代に聴いて共感を覚えた日本の演歌ではない “女歌” 、言ってみれば八代亜紀の “アナザーストーリー” を描いたアルバムだ。

このアルバムを聴いて強く感じるのが、それぞれの曲の原型を崩さずに自分の表現にしている楽曲解釈の深さ、さらに時代も国も違う楽曲が並んでいるにもかかわらず、トータルとして違和感を感じさせない歌唱力の素晴らしさだ。まさに八代亜紀のシンガーとしての力量が、このアルバムの魅力を生み出しているのだ。

このアルバムのなかでとくに印象的だったのが「五木の子守唄〜いそしぎ」のメドレーだ。八代亜紀の故郷の民謡でもある「五木の子守唄」とバーブラ・ストライサンドの代表曲「いそしぎ」の歌い出しのメロディがよく似ていることに気づいてこの2曲をくっつけようというアイデアも出色だが、なによりまったく違和感を感じさせずに歌いこなす八代亜紀は本当に凄い。この1曲のためだけでも『夜のアルバム』は聴く価値がある。

このアルバムに続いて八代亜紀は寺岡呼人をプロデューサーに迎えたブルースアルバム『哀歌ーaiuta』(2015年)、『夜のアルバム』の続編にあたる『夜のつづき(2017年)をリリースしている。これらのアルバムに残されている八代亜紀の素晴らしい歌を、もう生では聴けないというのは重ね重ね残念だ。



最後に余談。
僕は一度だけ八代亜紀にインタビューしたことがあるが、とても気さくで、質問にも笑顔でていねいに答えてくれる素敵な人だった。そして、その時僕は、嘉門タツオの「誰も知らない素顔の八代亜紀」という替え歌に信憑性が無いことを知った。実際に会った八代亜紀は彫の深い顔立ちというだけで、けっして化粧の濃い人ではなかったからだ。

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カタリベ
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