4月4日

ライブバンド BOØWY の軌跡、到達点を示す東京ドーム公演「LAST GIGS」

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BOØWYのコンサート「LAST GIGS」が東京ドームで開催された日(初日)
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BOØWY、完成したばかりの東京ドームで「LAST GIGS」


1988年4月4日・5日の二日間、東京ドームでBOØWYの『LAST GIGS』が行われた。ちなみに東京ドームがオープンしたのはこの年の3月。初めて行われた単独コンサートは3月22日・23日のミック・ジャガー、続いて3月28日のHOUND DOGが行われており、BOØWYの『LAST GIGS』は3番目になる。ただし、正式のこけら落としコンサートは、4月11日に行われた美空ひばりの『不死鳥コンサート』となっている。

ともあれ、完成したばかりの日本最大級の屋内会場でラストコンサートが行われたという事実に、改めて当時のBOØWYのアーティストパワーを実感することができるだろう。

BOØWYの歴史についてはご存じの方が多いと思うが、1980年に暴威として結成され、1982年にBOØWYと改名、同年アルバム『MORAL』でレコードデビュー。メンバーも氷室京介(V)、布袋寅泰(G、V)、松井恒松(B)、高橋まこと(D)で固定され、まさに80年代を駆け抜けたロックバンドだ。

しかし、当時を思い起こしてみると、僕は1980年代を彩った多くのロックバンドの中でもBOØWYにはどこか違う印象を感じていたと思う。たとえば、同じ頃に名乗りを上げたバンドには “めんたいロック” のようなひとつのムーブメントを象徴するようなグループとか、テクノ / ニューウェイブの洗礼を受けたバンド、さらにはHOUND DOGなどのポップ色をもったバンドなど、80年代のバンドには年代のバンドには無かったカラフルなイメージを持っていた。しかし、その中にあってBOØWYにはモノクロのイメージを感じていたのだと思う。

もちろんBOØWYはれっきとした80年代のバンドだ。それは氷室京介がRCサクセションのライブを見て新しいバンドの結成を決心したというエピソードからも伺えるし、彼らがバンク、ニューウェイブという70年代末のロックシーンを体験した上で自分たちのスタイルをつくりあげていったというキャリアからもわかる。

けれど、そうした新しい時代のロックテイストを潜り抜けた上で、BOØWYがヴォーカリスト+3リズムというもっともシンプルなバンド編成を選んだ。その結果として彼らの音楽がモノクロのイメージになったということなのかもしれないと思う。だとすれば、彼らがつくり出したサウンドは、さまざまな時代のカラーを飲み込んだ上で蒸留されたきわめて純度の高いロックエッセンスだったということなのだろう。

チケットは10分でソールドアウト


BOØWYの魅力は、シンプルさの中から伝わる躍動感にあるという気がする。自分達をゴージャスに見せるために時代の衣装を着飾るのではなく、最小の武器だけを持ち自らの戦闘力を研ぎ澄ませて勝負する。そんな姿勢を貫いた結果として、彼らは1980年代のロックシーンでスペシャルな存在となる。そして、『BEAT EMOTION』(1986年)、『PSYCHOPATH』(1987年)などのアルバムを、ロックバンドとしては異例のミリオンヒットにしていった。

しかし、そんなふうに自分たちの身を削るように音楽を紡いでいくストイックな姿勢を貫いていけば、遅かれ早かれ限界点はやってくる。そして、そこで妥協を拒否すればバンドを続けていくことは出来ない。もたろん憶測に過ぎないが、BOØWYがバンドとして比較的短命に終わった背景には、良く言えば自分たちの音楽に対する純粋性、あえて悪く言えば融通の利かなさがあったのかもしれないと思う。

そんな彼らにとって、東京ドームの『LAST GIGS』は、まさにラストピースと言うべきイベントだったのだろう。

その話題性もあって、9万枚以上と言われた二日間のチケットは10分でソールドアウトするという記録を打ち立てた。

BOØWYが体現した80年代のビジュアル、「LAST GIGS COMPLETE」で再体験!


当日、東京ドームの中には、巨大な鉄骨トラスをイメージした無機質なステージがあった。開演時間が近づき、ステージと高い天井を貫くようにブルーの光が上下に走る。そしてメンバーが登場。センターに立った氷室京介はスッと立ったまま微動だにしない。そしていきなりアグレッシブなドラムの8ビートが響き出し、4枚目のシングル曲「B・BLUE」(1986年)の演奏が始まる。そのままアルバム『BOØWY』(1985年)の収録曲「ハイウェイに乗る前に」「Baby Action」と、彼らならではのビートナンバーを畳み掛けていく。

そして氷室が「おまえらのために用意した最後の夜だぜ。思い切り楽しもうぜ…」という呼びかけた後にセカンドシングル曲「BAD FEELING」(1985年)が演奏され、会場はさらに盛り上がっていった。

この『LAST GIG』の模様はライブアルバム『“LAST GIGS” LIVE AT TOKYO DOME “BIG EGG” APRIL 4,5 1988』として同年5月にリリースされている他、現在では全曲収録の映像作品『“LAST GIGS” COMPLETE』がBlu-ray化されているので、今でも再体験することは可能だ。

改めてその映像を視て感じることは、彼らのスタイルに80年代そのもが色濃く匂っているということだ。髪を逆立ててスタイリッシなスーツやコスチュームに身を包んだその姿は、当時のテクノバンドやファッショナブルなニューウェイブバンドにも通じるものだった。そして氷室京介や布袋寅泰の派出なステージアクションも、やはりそれ以前のバンドで言えば、グラムロック系以外にはあまり見られないものだと感じられる。

まさにBOØWYは80年代のビジュアルを体現していたのだ。

BOØWYの “静” と “動” をBlu-rayで追体験せよ


しかし、BOØWYの演奏にはそのビジュアルとはまた違うインパクトがあった。なにしろ楽器が3つしかないというもっともシンプルなバンド構成だから、演奏のバリエーションをつくり出そうとしても限界がある。その課題を、彼らは演奏力で乗り越えようとしていた。

例えば高橋まことと松井恒松がつくり出すビートは正確さをキープしながら曲によってさまざまに表情を変えている。もしかしたらあまり注目はされにくいかもしれないが、そのリズムアンサンブルの豊かな表情そこがBOØWYの大きな武器なのだ。ひとつひとつの曲にビートを生み出していくことに集中している彼らは、ステージでもほとんど動かない。だからビジュアル的には彼らはBOØWYの “静” を体現しているように見える。

そして彼らとは対照的にBOØWYの “動” を表現しているのが氷室京介と布袋寅泰のステージングだ。ステージ狭しと動き回り、派手なアクションで観客の耳だけでなく、目も惹きつけて離さない。

演奏面でも、もちろん氷室京介のヴォーカルからあふれ出る魅力が素晴らしいことは言うまでもないが、布袋のギターワークも非常に興味深い。ドラムとベースがつくり出すビート感に乗って自在に動き回るギターは、まさに第二の “ヴォーカル” でもある。さらに、独特のトリッキーで印象的なギターリフを次々と繰り出すことでそれぞれの曲に個性を与えたり、リズムの裏を意識的に使って曲にドライブ感を与えるなど、少ない楽器編成を感じさせないイマジネーション溢れるサウンドを生み出す為に八面六臂の大活躍をしているのだ。

こうして振り返ると、『LAST GIGS』は確かにBOØWYというバンドの到達点を示すステージだったということが納得できる。

でも、彼らにとって『LAST GIGS』は、解散が決まった後のパーティのようなものだったとも言う。その意味では、1987年の彼らのステージを追体験できる映像作品『“GIGS” CASE OF BOØWY COMPLETE』や、それ以前のステージを記録した『GIGS at BUDOKAN BEAT EMOTION ROCK’N ROLL CIRCUS TOUR 1986.11.11~1987.02.24』のBlu-rayに食指を伸ばすのも意味があるのではないだろうか。

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2021.10.31
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カタリベ
1948年生まれ
前田祥丈
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