さて今回は、前回取り上げた「プレ・松本隆期」=「三浦徳子期」の松田聖子話に続いて、いよいよ「松本隆期」の松田聖子を取り上げます。
シングルで言えば、6枚目=1981年7月21日発売の『白いパラソル』から、19枚目=1984年11月1日発売の『ハートのイアリング』まで14枚、3年半にわたって、松本隆が作詞を担当することとなります。
この間、当然のようにオリコン1位をたたき出し続けます。その中でも、売上枚数的な頂点は1983年8月1日発売の『ガラスの林檎 / SWEET MEMORIES』(85.7万枚)となります。『ガラスの林檎』の作曲は細野晴臣で、『SWEET MEMORIES』は大村雅朗。
しかし、一般的に松田聖子の名曲と言えば、「作詞:松本隆、作曲:呉田軽穂」というイメージがあると思います。呉田軽穂は、20世紀前半に活躍した伝説的な女優=グレタ・ガルボからの変名で、その正体は松任谷由実。
特に『赤いスイートピー』、そして、そのカップリングの『制服』の影響が大きいのではないでしょうか。少女の気持ちをドラマティックに表現した松本隆の歌詞と、過剰な技巧を抑えて、シンプルにその歌詞を彩る松任谷由実のメロディとの、見事なマリアージュ。
さて今回は、「少女の気持ちをドラマティックに表現」みたいな、一般的に語られがちなものではない、もっと別の側面からの、松本隆による松田聖子の歌詞の楽しみ方を考えてみたいと思います。
まずは、松本隆の歌詞に埋め込まれた「ひっかけ問題」です。先日発売された興味深い本=中川右介『阿久悠と松本隆』(朝日新書)が、松本隆による松田聖子の歌詞の謎な点を指摘しています。
――「ピンクのスイートピーはあっても、赤いスイートピーはない」「マーメイドは人魚なのに、どうして裸足になれるのか」「すみれ・ひまわり。と春と夏を代表する花の次が、どうしてフリージアなのか」「渚にバルコニーなどあるのだろうか」「映画色の街とはどんな色だ」
松本隆の歌詞には、後から指摘されるとあっと驚くような、言わば「ひっかけ問題」が多く埋め込まれているのです。その先駆は、松本が手がけた、最初期のヒット曲の1つである、アグネス・チャン『ポケットいっぱいの秘密』のこの歌詞でした。4行の頭の文字を「縦読み」してください。
あなた 草のうえ
ぐっすり 眠ってた
寝顔 やさしくて
“好きよ” ってささやいたの
さて、もう1つの楽しみ方は、「タイトルに『の』が多い」ということです。先の「松本隆期」14枚のシングルにも、「〇〇の△△」というタイトルが多くあります。
・渚のバルコニー
・小麦色のマーメイド
・野ばらのエチュード
・秘密の花園
・天国のキッス
・ガラスの林檎
・時間の国のアリス
・ピンクのモーツァルト
・ハートのイアリング
ということは、「○○の△△」の「○○」と「△△」の組み合わせを変えて遊ぶことが出来るのです。そこで私が作ったのが、このマトリクスです。クリックしてみて下さい(松本隆以外の作詞家によるシングルも使っています)。
※クリックすると大きな画像が開きます。・夏の季節
・ピンクの季節
・ピンクの扉
・ガラスのバルコニー
・裸足のモーツァルト
・天国のモーツァルト
これらがオススメです。特にナンバーワンは『夏の季節』でしょうか。
最後はちょっとだけマジメな話を。松本隆を特集した雑誌『BRUTUS』の2015年7月15日号があるのですが、その中の、松本隆と岡村靖幸との対談に、こんなやりとりがありました。これを噛み締めて、松本隆の歌詞を読むと。さらに、その素晴らしさが実感できるのです。「ほかの人」が誰かを、憶測しながら……
岡村靖幸:ものすごいスケジュールで、ものすごい書かれていたと思うんです。
松本隆:3日に1個だったからね。
岡村:いままで2100曲以上作詞されているんですもんね。
松本:僕の場合、影武者はいないんだ。
岡村:あはははは(笑)。
松本:誰とは言わないけれど、ほかの人はいっぱいいるんだ、16人とかさ。
岡村:ブレーンもいたりする。
松本:でも、僕と筒美京平さんにはいない。それはプライドなのね。
引用文:
『BRUTUS』2015年7月15日号
特集:松本隆 より
歌詞引用:
ポケットいっぱいの秘密 / アグネス・チャン
2017.11.25