今回は、私が初めて買った CD のお話をさせていただこうと思います。 1982年にレコードに替わる媒体としてコンパクトディスク(CD)が各社からリリースされました。当初はハイテク機器の例に漏れず、ソフト・ハード共に高価なものでしたが、数年を経てお手頃価格のプレーヤーなども見かけるようになりました。こうして1986年、我が家にもソニーの CD プレーヤーが導入され、デジタル音源時代の幕が上がりました。そして初めて購入した CD が坂本龍一さんの『未来派野郎』でした―― YMO 解散後、映画出演、その音楽制作、自身のソロと精力的に活動されていた教授… そして、このアルバムではワールドミュージックやニューエイジ的なそれまでのテイストからロックでポップな方向へと舵を切りました。フェアライト CMI や EmulatorⅡなどの最新機材をふんだんに取り入れたサンプリングサウンドに、ロックイット・バンドに在籍していたバーナード・ファウラーのエモーショナルなボーカルをフィーチャーしたアツいサウンドが特徴と言えるでしょう。 CD の封を切り、一曲目の「Broadway Boogie Woogie」が鳴った瞬間に、これまでのレコードによる体験とは全く違う印象を受けました。まず音がクリアであること… そして、サンプリングや DX7 などのデジタル機器が奏でる音の質感の違いにしばらく酔いしれたその後に、このアルバムに秘められた本当の衝撃がやって来たのです。 その曲は7曲目の「大航海」でありました。リズムマシンによる16分刻みのバスドラムとシーケンスフレーズの間に一瞬入る休符、そこには一切のノイズがありません。 レコードであればマスターテープによるヒスノイズか、「シープチプチ」などと表現されるスクラッチノイズなどが乗るため、本当の意味での「無音」というものがこれまで表現されていなかった事を、この時私は初めて理解したのです。 その先は OTT と言われる激しいビートにデジタルシンセサイザーによる16分音符を基調とした無機的なメロディーラインが続き… その後オペラ調に曲が変化したかと思うと、そこに かの香織さんのヴォーカルが乗ってくるというようにジェットコースターのような展開が待っていました。 そして、その合間合間に訪れる音の空白。そこで私が思ったのは「あ、これはわざとやっているんだな」ということでした。レコーディングの段階からデジタルな楽器を用い、それをデジタルマルチトラックで録音しデジタルマスタリングをした音を作る。これは CD で聴かれる事を強力に意識しているのではないか、と。 そう考えてみるとインストのみならず、あえて黒人ボーカルやサックス、新進気鋭のギタリスト、鈴木賢司を起用するなどしてエモーショナルな要素とぶつけるアプローチを取った事にも合点が行きます―― 教授はそうする事によって、当時の最新オーディオ再生装置であるコンパクトディスクの魅力を最大限に引き出そうとしたのだと思います。 その頃、斬新だったサンプラーやデジタルシンセサイザー、そしてデジタル録音機器などはその後90年代に向けてどんどん汎用化され、ジャンルを問わずに音楽作りに貢献していきました。その過程においてレコードやカセットテープなどが徐々に衰退していったわけですが、ここ数年来は先刻申し上げた「ヒスノイズ」「スクラッチノイズ」や、アナログ独特の低音の豊かさなどが再発見されて来ています―― こうした流れを見るとなんとなく一周回って戻ってきたような感じがしますね。 そしてこの『未来派野郎』というアルバムは、コンパクトディスクというデジタルメディアが登場したその当時でなければ感じる事が出来ない魅力を持った作品として、とても印象深いものです。ああ、これがはじめての CD で本当によかった。
2018.09.24
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