“くじら” というバンドの話をもう少し続けます。
通常の “2Dステレオ” では伝えきれないそのライブのユニークさ面白さに、音盤として対抗するにはどうしたらいいのか。しかもバンドにとって、世の中に対する大事な初アピールとなる、たった一度のやり直しのきかないデビューアルバムです。
今冷静に考えると、自分たちだけで悩んでいないで、誰かプロデューサーを立てるのが順当だったのかもしれません。
くじらの音楽の良さを理解してくれて、世間に対して存在感のある人。つまり、この人がやっているならちょっと聴いてみたいなと思うような… たとえば、細野晴臣さんとか久保田麻琴さんとか。
だけど、その時はまったくそういうことを考えませんでした。なぜだろう?「あのプロデューサー」という先入観で聴かれるのがイヤだという妙な潔癖さ? プロデューサーというものにあまり期待していなかったこともあるかもしれません。結局、2ndアルバム『Tamago』では清水靖晃さんにプロデュースをお願いすることになるんですけどね。
前回も書きましたが、ライブでは肉声+生音という “点音源” が動き回ることで “3D音場空間” を生み出すところがユニークなので、とりあえずダメ元で、広めのスタジオの端と端にマイクを2本立てて、その間をライブでやるように歌い演奏しながら動き回ってもらい、録音してみましたが、ステレオの左右で3人の音が大きく小さくなりながら動くだけで、何も面白くありませんでした(^^)。
そしてメンバーとあれこれ話し合った結果、ライブと真逆の発想で、基本的に “打込み”(コンピュータ演奏)でやってみよう、ということになったのです。
時代的には「フェアライトCMI」というシンセサイザーがだいぶ普及し、それを使えば “サンプリング” というものが簡単にできるようになっていました。調べてみると、AKAI の「S612」という安価で優秀なサンプラーはちょうどこの年、1985年発売だそうですが、まだ現場では見たことも聞いたこともなかったなぁ。
ともかく歌とギターなど一部を除き、すべてサンプリングあるいはシンセ音でサウンド作りをしました。
ライブの面白さを再現できないなら、いっそライブではできないことへ極端に振ってやるほうが録音物として意味を持つのではないか。
考え方としては間違いではないでしょうが(^^)、問題はその “デキ” とリスナーの反応ですね。おそらく、新宿ロフトを毎月超満杯にしていた人たちの多くは、このレコードの音に戸惑ってしまったかもしれません。少なくとも強い手応えを感じることはできませんでした。
また、当時は一応先端のサウンドだと思っていましたが、発展途上のテクノロジー(この場合シンセサイザー)はどんどん古くなっていくんですね。今聴くとちょっと恥ずかしい。
1曲だけ対照的に、宮川泰大先生に依頼してフルオーケストラで録った曲がありまして、タイトル曲の「パノラマ」なんですが、これは堂々たる “伝統芸” でありますから、逆にまったく古さを感じさせません。ライブの真逆なら、全部これでやる手もあったかもしれません…。
ジャケットは、これは完全に失敗しました。ヴィジュアルセンスには自信がなかったので、EPIC社内のデザイナーですが、餅は餅屋と任せてしまいました。ない頭でももっと考えるべきでした。アルバムは、杉林くん(g / vo)が作っていた “くじらマーク” をデザイナーが立体化したオブジェの写真ですが、いったい何を表現しているんだろう? シングル「鋼」はもっとワケ解らずで、メンバーがそれぞれに絵を描いたり本を読んだり芋を食ったり… カッコ悪過ぎるとキオトくん(b)が怒って私に抗議をしてきました。
その時点では一所懸命やっていたつもりなのですが、ピントがずれていたというか、視野が狭すぎたというか。
くじらの音楽的才能や実力には、EPIC の中でもシンパが多かったし、多くの関係者が一目置いてくれていたのですが、うまく広げていけなかったのは私の詰めの甘さ、今もって悔やまれるところであります。
2018.05.23
YouTube / tomorobin
YouTube / tomorobin
Information