鎌倉のとある中華料理店に三人姉妹がいた。
1980年代後半の話だが、長女はすでに和食料理人と結婚して隣に割烹料理屋を開いていた。次女はお店で給仕をしていた。末っ子の三女はスーパーカブを使って配達をしていた。
この末っ子だが、元暴走族の友人をして「あのテクは半端じゃない」と言わしめるほどのドライビングテクニックを持っていた。
カープファンなのか知らないが、赤い野球のヘルメットに調理用の白衣をまとって、鋭角のコーナーを岡持ちが地面スレスレになるくらいのハングオン状態で曲がっていく。配達の往路はさすがにハングオンはしないので、コーナーリングの角度で配達の行きか帰りか判別できた。
その中華料理店には、時折ベンツのリムジンでお昼を食べに来る「本職」がいた。通常のパーキングに入りきらないそのリムジンを運転している若い衆は、店の前にあるガソリンスタンドを駐車場代わりにしていた。
「おう、ちょっとそこの中華料理店で飯食ってくるから、ガソリン満タンにして車を洗っとけ」
そう、そのガソリンスタンドは私が学生時代にバイトしていたところである。実は我々バイトはこの「本職」が来るのを楽しみにしていた。何故なら時代はバブル期に入っており、結構なチップをくれたからだ。
ある日我々がスタンドの事務所で、USEN にリクエストした「両手いっぱいのジョニー」を聞いていたらそのリムジンがやって来た。
たまたま外で作業をしていた所長に向って「おう、ガソリン満タンにして車を洗っとけ」と命令を与えて中華料理店に入っていった。
数分後、若い衆が慌てて中華料理店を飛び出してきて、所長に跳び蹴りを加え、片手で胸ぐらを摑んで何か言っている。
我々バイトは事務所の中で「両手いっぱいのジョニー」を聞きながらそれを見ていた。
「一体何があったのだろう?」
ふと視線を横の洗車機に向けると、なんと所長がリムジンを洗車機で洗っていたのだ。
その所長は中古のポルシェに乗っていたのだが、洗車機を使うとボディーに傷が付くからと、いつも手洗いしているくせに、他人のベンツは気持ちよく洗車機に突っ込んだのである。
「あ~あ、そりゃ殴られても仕方がないわ」
我々バイトは “所長が悪い、俺らは知らん” ということで事務所内待機することにした。
スピーカーからは小比類巻かほるが「片手じゃつかめない~」と歌っている。外では所長が若い衆にボコボコにされている。その向こうで三女が見事なコーナーリングを決めている。
そんなアンニュイな夏の昼下がりであった。
※2017年6月9日に掲載された記事をアップデート
2018.07.02
YouTube / Kahoru Kohiruimaki
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