誰もこんな曲をラジオで
かけたりしないと人は言う
メランコリーなブルースなんて
ひどく時代遅れだと
でも、マイナーキーで演奏される
こういう歌だけが
想い出をつなぎとめてくれる
どこを切っても大好きな歌の、とりわけ好きなフレーズだ。ビリー・ジョエルは「ベイビー・グランド」をたった一晩で書き上げたという。そのインスピレーションとなったのは、もちろんデュエットの相手であるレイ・チャールズだ。
あまたのピアノ弾きと同様、ビリーもまたレイに大きな影響を受けたひとりだ。娘の名前にアレクサ・レイと付けるほどだから、よほど尊敬しているのだろう。
「レイ・チャールズみたいにはなれっこない」とインタビューで語っていたビリーだが、いざ共演するとなったときに書き上げた曲が、ど真ん中のレイ・チャールズ・スタイルだったというのは素敵な話だ。しかも、ここでのビリーは、少しでもレイに近づこうと、喉を精一杯震わせて歌うのだ。
夜が更けて
暗く冷え込んでくると
誰かのぬくもりが欲しくなる
僕がブルーなとき
僕が孤独なとき
彼女は来てくれる
彼女でなければダメなんだ
僕に必要なのは
ベイビー・グランドだけ
恋人になぞらえてはいるが、「ベイビー・グランド」を訳すと小型のグランド・ピアノという意味になる。つまり、ダブルミーニングのラヴソングというわけだ。ちょうどレイの代表曲「ジョージア・オン・マイ・マインド」と同じように。そして、ビリーがレイのために書いたのは、ピアノマンの人生を綴った歌だった。
長いロードの果てに、友達は去り、名声は消え、財産も失い、女達はどこかへ行ってしまった。でも、ピアノだけは変わらずそばにある。だから、大丈夫。今も。そして、これからも。
レイがこのメロディーと歌詞に共感したであろうことは、その歌声から十分に伝わってくる。絞り出すようなヴォーカルには、人生の辛苦と過ぎ去った日々へのノスタルジーが滲んでいる。
曲はビリーとレイが交互にヴォーカルを取り合いながら進行していく。ハイライトは最後のヴァースだろうか。あたかも、ビリーがこれからの未来を憂い、レイがこれまでの人生を振り返っているかのようだ。悲しい歌を、2人はどこまでもロマンティックなものに仕上げている。
人生に迷ったまま
随分と遠くまで来てしまった
体の傷は
飛び込みで演奏したときのものだ
今は家にいる
もう疲れた
骨の髄まで
一夜興行のわびしさが染みついている
でも、そばにはベイビー・グランドがいる。「必要なのはこの手のパワーだけ」とレイ・チャールズが歌う。ピアノマンの指先が動けば、美しいメロディーが聴こえてくる。だから、きっと大丈夫なのだ。
2017.10.17
YouTube / Luis Nassif
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