1989年3月、FM東京で佐野元春が DJ を務める『AJI FM スーパーミクスチャー』の最終回。その企画は、番組のリスナーに元春が直接電話をかけて、番組の感想や元春の今後の活動についてトークする、というものだった。
そこでなんと! 自分にも電話がかかってきた! 確かに何度かリクエストが採用されたりハガキも読まれたりしたけれど、あまりのことに頬をつねったぐらいだ。
番組スタッフから元春に電話を繋がれ、しどろもどろになりながらも…
『高校でロックファンの友達に、佐野元春って、メチャクチャ恰好良いんだよ! って話しても、元春は最近アルバムを出すインターバルが長いので、“うーん、佐野元春って、知らないなぁ” って言われちゃうんです。だから次のアルバムが出たら、たくさんライヴをやって、これが佐野元春だ! っていうのをみせてほしいです!』
って話したら、元春は苦笑しながら、
『わかりました!これが佐野元春だっていうのをみせます!』
と返してくれ、番組の最後にかけた曲が、レコーディングしたての「約束の橋」だった。
その後、『ナポレオンフィッシュ・ツアー』の東京公演が告知された晩秋ぐらいからだろうか、バイトと受験勉強しか見えてない、ありふれた自分の高校生活の中に、東ドイツ、ソ連、ルーマニアなどで、自由を求める革命的な動きがテレビからの生中継で、物凄い勢いで流れ込んできた。
世界は少しずつ形を変えていく
まさに、「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」の歌詞が予見したかのように、世界が急激に動き出すのを初めて目の当たりにし、強烈に戦慄した。
今回の『ナポレオンフィッシュ・ツアー』はどうなるのか、絶対に観逃せない、聴き逃せないと必死でチケットを押さえ、なんとか東京ファイナル3DAYS のチケットを手に入れた。しかし、当日になって会場で自分の席に座っても、開演するまで落ち着かず、ハラハラしていた。
そんな不安は、初っ端の「新しい航海」から2曲目「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」を繋ぐギターソロを聴いているうちに洗い流され、壮絶に鳥肌がたった!! 佐野元春とザ・ハートランドの「新しい航海」が、文字通り力強く幕を切って落とした瞬間だった。
リリースされてからそんな時間が経っていない新曲にも、レコードでは聴けない、ライヴ映えするアレンジが施されていた。何曲か演った過去の曲も、まるで全てこの夜のライヴのために書き下ろされたような鮮烈さだ。それらが矢継ぎ早に披露されていき、気がつくと終演していた。呆然としながら、会場から吐き出されたのを覚えている。
中1で佐野元春のファンになって以来、それ以前のアルバムも、シングルや12インチも洩らさず聴き、ライヴビデオも何度となく観て、めちゃくちゃ高揚する瞬間が沢山あった。凄い生真面目に、誠実に「ロックしている」感じが伝わってきた。そして、それが佐野元春の矜持なんだ、と彼の音楽を通じて理解できた。
ロックを聴き始めて、日常的な恋愛や、不愉快感を表明する歌は溢れていたが、ここまで聴き手に、ヒリヒリした感覚を感じさせるアルバムは、国内外を含めて片手で数えるほどしかない。
まぁ、実際ポリティカルな歌は、「こんな時期もあったな」と笑い飛ばされるのが最良の忘れられ方かもしれない。でも、そんな既存の固定観念を笑い飛ばすアルバムがあってもいいじゃないか。
それが、自分にとっての『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』なのだ。
2019.06.01
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