「スティーヴィー・ワンダーも、ホール&オーツの前でこの曲は歌えないよなぁ」と友人が笑いながら言ったので、僕も笑って「そうだよなぁ」と答えた。
あの時は本当にそう思ったのだ。
何の話かと言えば、スティーヴィーの新曲「パートタイム・ラヴァー」が、その3年前に大ヒットしたホール&オーツの「マンイーター」によく似ているから、真似したスティーヴィーは、元歌を作ったホール&オーツの前では、恥ずかしくてこの曲を歌えないだろうということである。
でも、改めて聴いてみればわかる通り、この2曲はほとんど似ていない。それなのに、当時は僕らと同じように感じた人が結構多かったのだ。それはなぜかと言えば、イントロのリズムが同じだったからだろう。
そのリズムとは「モータウンビート」と呼ばれるもので、代表的な例としては、シュープリームスの「恋はあせらず(You Can't Hurry Love)」などが挙げられるだろう。モータウンといえば、すぐにこのリズムが浮かんでくるくらい有名なもので、スティーヴィーはそのモータウンの所属アーティストである。
しかも、「マンイーター」がヒットしていた頃、モータウンの黄金時代を支えたソングライターチーム、ホーランド=ドジャー=ホーランドのラモント・ドジャーは、この曲を初めて聴いたとき、自分が書いた曲だと勘違いしたらしい。そんなエピソードからもわかる通り、ホール&オーツが敬愛するモータウンの楽曲を意識して「マンイーター」を書いたのは想像に難くない。
でも、「マンイーター」は時代の空気を見事に反映していたし、その斬新なサウンドは、この往年のビートをまったく新しいリズムのように響かせた。だからこそ、その年を代表するヒット曲になり得たのだと思う。
そして、ここからは僕の推測なのだが、おそらく「マンイーター」がなければ、「パートタイム・ラヴァー」は生まれなかった気がする。もし「マンイーター」がなかったら、果たしてスティーヴィーはこのあまりに有名な記号となったビートを、あのように前面に押し出した曲を作っただろうか?
作ったかもしれないし、作らなかったかもしれない。でも、スティーヴィーは「マンイーター」を知っていたはずだし、事実として「パートタイム・ラヴァー」は生まれている。そして、ふたつの曲から伝わってくる不穏でクールな雰囲気に、何らかの共通点を見出すこともできるかもしれない。
つまり、モータウンに影響を受けたホール&オーツがリスペクトを込めて作った曲が、今度はスティーヴィーに影響を与えたというのが僕の考えだ。もしこれが正解であるなら、先人に対するこれ以上の恩返しの方法が他にあるだろうか。
音楽とは、こうした相互影響の下で繋がり、輪となり、次第に送り手と受け手の境界線を曖昧にしながら、地続きに受け継がれていくのだろう。この美しい連鎖に気づくたび、僕は幸せな気持ちになるのだ。
では、冒頭の友人の言葉に戻ろう。スティーヴィーは「パートタイム・ラヴァー」をホール&オーツの前で歌えるのか? 多分、歌えると思う。でも、少し恥ずかしいとは感じるかもしれない。でも、ホール&オーツはきっと嬉しいはずだ。今はそんな風に思っている。
2018.08.24
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YouTube / Daryl Hall & John Oates
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